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いつかその日が来るまで

2023/06/03


一人と一匹の秘密の生活。

「ただいま~」

私はそう言って自分の部屋のドアを開ける。そう言っても部屋の中は静かで、返事が無い。私は玄関で靴を脱ぎ捨て、もう一つ、リビングのドアをゆっくりと開く。そして窮屈な上着をおもむろに放り出し、ソファーの方をチラッと見た。そこにやはり、彼はいた。

「コウスケ・・・また寝てるし」

私は笑いながら、少し呆れながらソファーに寝転がる彼の横に腰を下ろす。ソファーは私の体重でぐぐっと沈み彼の姿勢が崩れ、そのためと私の気配を感じたのか、彼は眠そうに目を開けこちらを見る。

「ただいま・・・ていうか、おはようコウスケ」

「・・・ミャア・・・」

ソファーで寝ていた猫、コウスケはやっと帰ってきたのかと言わんばかりに面倒臭そうに小さく鳴き、前足で顔を数度掻いた。ベランダから射すオレンジ色の光が彼の白く透き通った毛を黄金に輝かせていた。私はゆっくりと伸びをする彼の背中に手を伸ばし、ゆっくりとその背をなでた。

「待っててね、今から晩御飯の支度をするから」

私はそう言ってソファーから腰を上げ、キッチンに立つ。そして冷蔵庫から買っておいた肉と野菜を取り出し、慣れた手つきでそれを調理していく。コウスケはそんな様子は見向きもせず、再び睡魔に襲われ始めたのかまぶたが重そうだった。しかし、料理が出来上がりに近付くにつれて、その香りが彼の鼻をくすぐり腹の虫を呼び起こしたらしく、私が料理を皿に盛り始めた時にはソファーの背もたれの上に飛び乗りキッチンにいる私のほうをじっと見つめていた。

「もう、行儀悪いんだから」

しかしコウスケの目は既に私ではなく、皿に盛られた豚の生姜焼きに向けられていた。そんな彼を尻目に、私は再び冷蔵庫のドアを開け、その中から猫缶を取り出し蓋を開け、もう一つ用意していた皿にあける。そして2つの皿を持って再びソファーに座り、目の前のテーブルに生姜焼きを、そして床に猫缶をあけた皿を置いた。しかし白猫は猫缶に全く興味を持たず、生姜焼きを確実に狙っている目をしていた。そして訴えかけるように海のように鮮やかなブルーの瞳を輝かせて私のほうを見つめている。

「大丈夫だって!今すぐ食べようね」

私はそう言って彼を抱き上げる。するとさっきまで興奮していた彼も急におとなしくなる。いや、抱きかかえると分かるが、決して興奮していないわけじゃない。正確に言えばさっきまでのは食欲に対しての興奮であり、今彼の心臓の鼓動を早めているものは別のものだった。その興奮は私も同じだった。何度やっても慣れないものは慣れない。でも、この瞬間の鼓動の高鳴りがなんとも言えないものだった。私の手の中でコウスケはゆっくりと目をつぶったのを見て、私は彼の顔をゆっくりと自分の顔に近付け、そして唇が重なり合う瞬間私も目を閉じる。コウスケの小さく暖かな唇が優しく私の唇に触れ、私は彼と確実に時間が重なり合い流れるこの瞬間を強く、感じていた。少しでも、この時間が長く続けばいいのに。

しかし、そんな時間は不意に遮られる。いや、分かっていた。だって毎日のことだから。分かっているけど、いつもこの瞬間は少し切なかった。私の脳に何かぴんと張り詰める感覚がその刹那突然訪れる。私はコウスケを自分から放し、頭に張り詰めるその感覚に耐えながら彼をゆっくりとソファーの上に下ろした。そして私はソファーの上でうずくまりゆっくりと自分の時が経過していくのを感じていく。それはただ時が経過していくのではなく、私の体に異変を起こしていく。

「あぅ・・・」

私は少し感じる息苦しさの中で、自分の手を見つめる。私の場合、いつも変化は手から始まるのだ。しかし、毎日のように見ているが、見れば見るほど不思議な感覚だった。自分の長い指が徐々にその長さを失っていき、手のひらには鮮やかな桃色をした肉球が盛り上がり、手の甲からは闇に染められたような漆黒の獣毛がにわかに生えだしていく。自分の手が、手でなくなっていく瞬間。俗にそれは前足と呼ばれるものに変化する。そしてその黒い毛は手にとどまらず腕から身体の方へと、まるで白い布に黒い水をたらしたかのように私の体を染め上げていく。そして指同様に腕、そして体全体が小さくなっていく。

「ん、んん・・・」

体が小さくなっていくのと同時に感じる、体が軽くなっていく感覚。この辺も不思議だったが、深く考えたことは無い。そもそも今私の身体に起きていること事態、普通で考えればおかしなことだから。そしてその変化も終盤。小さくなった私の体は自分の服に埋もれる形になるが、その服の合間から細長い、私の毛と同じ色のものが静かに揺れる。つまりそれは私の尻尾だった。私の顔ももう人間の顔ではなくなってきている。上唇は中央で割れ、その筋が鼻まで続いている。その鼻の左右からはピンと幾本ものヒゲが針のように真っ直ぐ伸びる。目の上にも眉毛のように同様の毛が伸びた。その私の目は暗闇の中に光る満月のように黄金色に輝く。耳は頭のてっぺんで天を仰ぐようにピンと三角に立ち、その内側には柔らかな毛が守るように覆われている。変化を終えた私は、邪魔な服から這い出て身震いをして、ゆっくりと身体を伸ばす。そして何気に鳴いてみる。

「ミャ~ウ」

自分の声を聞いて、安堵にも似た心地を覚える。そこにいるのは人間の私ではなく、小さな1匹の黒猫だった。黒猫の私は、さっき白猫のコウスケがやったように前足で顔を数度掻いた。そして人間だった自分が彼を置いたソファーの横を見る。しかしそこにいるのは白猫ではない。変化がおきたのは私だけではないからだ。

「・・・これで箸が使えるな」

そこにいたのは人間の、全裸の男だった。その男が誰なのか、説明は不要だろう。さっきまで白猫だったコウスケその人だ。彼は自分の手が、間違いなく前足ではなく手になっていることを確認すると、ゆっくりと自分の手のひらの自由が利く感触を確かめていた。そしてソファーから立ち上がると、リビングの隣の部屋に入り、しばらくして服を着た姿で部屋から出てきた。その間私は目の前の猫缶の誘惑に耐えながら彼を待っていた。

「マユ、入れ代わる前に、服ぐらい用意してくれよな」

「ニャウ」

・・・コウスケは細かいなぁ。と言葉にしたつもりでも出てくるのは短い鳴き声だけ。例えさっきまで猫であったとしても、今は人間になっているコウスケにはその言葉は伝わらない。でも、人間の姿の彼を見ると、例え自分がこの姿でも構わないとも思える。彼が人間なら、私の名前を呼んでもらえるから。

「まぁ、待たせたしさっさと食べようか」

コウスケはそういって箸を取り出し、私の作った生姜焼きを食べ始める。コウスケは肉が好きなんだ。そして私は、自分のために用意した猫缶を口に運ぶ。勿論、高級なマグロ系の猫缶なので味は一級品だった。

「・・・お前ってさ、本当に猫缶好きだよな」

コウスケは半ば呆れたように私を見て微笑んだ。だって、好きなものはしょうがない。そりゃあ、私もずっと人間の姿でいれれば一番だけど、猫缶は猫の姿で食べてこそその美味しさを味わえるしそして・・・そして何より、コウスケと姿が違っても口づけできるから、すすんで変身をしている・・・とは口が裂けても言えない。

「・・・お前何か今、変なこと考えなかった?」

「ニャ!?ミャウゥ・・・」

・・・猫のときは単純思考のくせに、人間になると勘がよくなるんだから・・・普通逆じゃないの?私は動揺を紛らわすために猫缶を食べ続けた。しかし、食事の間は食べることにお互い集中できるから会話がなくても問題ないけれど、いつも困るのは、この後だった。人間の言葉は猫には分かるけど、猫の言葉は人間には分からない。会話が成り立たないのだ。相手が本当の猫であり、ペットとして買っているなら、当然会話がなくて問題ないが、私たちはお互いに人間と猫の姿を持つ存在。相手と口づけをすると入れ代わることが出来るが、常にどちらかが人間でどちらかが猫でなければならない。人間の姿同士で、いやいっそ猫同士でも構わない。同じ姿同士だったらそこには会話が生まれるから。でも、相手と意思の疎通が取れない歯痒さは、歯痒さと言うよりも最早切なかった。いつからこういう関係だっただろうか。思い出せないほど昔のような気がするし、まだそれほど日がたっていないようにも感じる。彼を心から想えば想うほど、それがかなわない願いであるという現実の壁。考えると私ってかなり苦悩している・・・。いや、苦悩しているのは私たちといったほうがいいのかな・・・?

「お前、全然食べてないな・・・」

コウスケはいつの間にか肉を全て食べ終えて、すっかり食べるペースの落ちていた私を見て呟いた。

「どうせまた、難しいことでも考えてたんだろう?」

「ミャウ・・・」

・・・本当にぴたりと当たるなぁ。私はソファーの上に飛び乗り、彼に寄り添う。コウスケは私の黒い毛で覆われた身体を優しくなでてくれる。それで私の心はいくらか落ち着いた。

「・・・あまり難しく考えるなよな?」

「・・・」

「まぁ、俺達はこういう関係だけど・・・お互いを想う気持ちに姿なんて関係ないだろ?」

「ミャア」

私は彼の問いかけに肯定の意味で応えた。分かってるよ。私たちは私たちだから強い絆で結ばれている。でも、それでも姿が違うのは、越えられない壁として私とコウスケとの間に立ちはだかるような気がしてならなかった。

「いつか・・・」

「・・・?」

「いつか・・・どっちの姿でもいいからさ。マユと幸せになれる日が来ればいいな」

「!!」

私は突然の告白に思わず動揺する。自分が黒猫であったことをよかったとここまで思ったのは初めてかもしれない。だって人間の姿で言われたらきっと顔が真っ赤であからさまにおかしな態度取っちゃってたに違いないから。黒猫の顔なら表情は読み取られにくい。

「まぁ、飯も食ったことだし、俺はもう一眠りするよ・・・」

そう言って彼はそのままソファーに身体を寝そべらせ、しばらくすると本当にすぐ眠り始めた。さっきまで散々寝てたのにまだ寝れるのか、一種の感心さえ覚える。・・・でも、コウスケと幸せになれる日が来るだろうか?いや、とりあえず信じてみたい。その日が人間の男女としてでも、オスの白猫とメスの黒猫としてでも、どちらでも構わない。きっと、彼と幸せになれる日が来ることを今は信じて、私は彼の寝息を聞きながら、静かに目の前の猫缶に舌鼓を打つのであった。

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この小説を書いた人

宮尾武利

ATRIダイレクター。獣化作家。

「獣化がまだ好きではない人に獣化を好きになってもらうため、獣化を好きな人にもっと獣化を好きになってもらうため」をモットーに、獣化について様々なアプローチを試みている。

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