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妹は魔女(ハイエナ編)

2023/06/03


ごく普通の姉妹は、ごく普通に育ち、ごく普通の生活をしました。でも、ただひとつ違っていたのは……妹は魔女だったのです!

「というわけで、お姉ちゃんにはハイエナになってもらいます」

 夏休みのある日。風呂上り、ソファに腰かけ薄着でアイスを食べながらテレビを見ているとき、唐突に妹から言われたのがその台詞だった。

「……いやどういうわけさ」

「じつは"これこれしかじか"で」

「いやそれで"かくかくうまうま"って言う奴いないからね?」

「むぅ、姉妹なんだから、ツーカーで通じてよ」

「無茶を言うな、無茶を」

 妹がほっぺを膨らませるが、私はため息をついた。

「大体どういう意味よ。ハイエナになるって」

「いや、文字通りの意味で」

「だから、それがどういう意味かって……」

 私がさらに問いかけようとしたとき、急に私は激しいめまいに襲われた。持っていたアイスをそのまま床に落としてしまう。

「これ、まさか……!?」

「言ったでしょう? お姉ちゃんにはハイエナになってもらうって。つまり、そういうこと」

 アイスを持っていた私の手を見て、私は息をのんだ。私の手の甲に、茶色い獣の毛が生え始めていたのだ。そして私は妹の言葉を理解した。ハイエナになるということは、妹の言う通りそのままの意味で、私の姿がハイエナに変身するということだった。

「なん、で……!?」

「実はアイスに魔法をかけておいたの。お姉ちゃん、最近風呂上がりには必ずアイスを食べてるからねー」

「あぅっ……!」

 私は体を横に倒し、ソファに横たわる。身をよじらせながら変化に耐える。背筋がぞわぞわって妙な感じがするけど、多分これは私の背中にもハイエナの毛が覆い始めている感覚だ。お尻のあたりがむずむずするのは、尻尾が生え始めている感覚。手足の指先がつった様な痛みが走るのは、指が短くなっている感覚。あー、いやだ。私の体がどんどんハイエナになってくのが、目で見えなくてもわかる。

「お姉ちゃんも慣れたもんねぇ」

「ァェノェィヨォっ!」

 誰のせいよってツッコんだつもりだったけど、舌がうまく回らず言葉にならない。鼻が、耳が、引っ張られる感覚。私の顔も、徐々にハイエナのそれに変わっていっちゃってるんだ。

「ねぇ、写メとっていい?」

「グウォッ!」

 ダメって言ったつもりだったけど、口から出たのは情けない獣の唸り声。その時私は自覚する。あぁ、完全にハイエナになっちゃったんだって。

「ほら、横になってないで、ちゃんと座ってよー」

 妹の言うとおりにするのは癪だったけど、渋々私は手を……いや、前足をついてソファに座り込む。その瞬間、パチリ。

「グウォォウ!」

「あー怒ってるお姉ちゃんかわいいもう一枚」

 妹はいたずらっぽい笑顔を浮かべながらもう一枚……って言っておきながら二枚三枚と写メを撮りまくる。

「見て見てーめっちゃかわいい」

 妹は手にしたスマホの画面を私に向ける。そこに映っていたのは私のシャツと、私のハーフパンツをはいて、戸惑いと怒りの表情を浮かべている一匹のハイエナだった。あー、ハイエナだ。完全にハイエナだわこれ。私、ハイエナだわ。

「……あ、そうだ」

 妹の突然のその言葉に、私は嫌な予感がした。けど、私が何か反応するよりも妹の動きの方が早かった。私の体を押さえつけて、私が来ていたシャツとハーフパンツを脱がせようとしてきた。私は必死に抵抗するけど、体に慣れてなくてうまく動かせず、私は身ぐるみ全部はがされてしまう。つまり……あー、言いたくない。

「うん、動物はやっぱり全裸でしょ」

 妹の言葉がガツンと私の心を殴る。あぁ、そうですよ。もう私は一糸まとわぬ姿。獣の毛で覆われた体。鋭い爪と鋭い牙。四足でしか立てない体。私の面影一つない、完全はハイエナですよ。ハイエナですよ、そりゃ。

 落ち込む私をよそに、妹はまたパシャパシャと写メを撮りまくる。

「いやー、いつにも増して似合ってるなー。お姉ちゃんハイエナの才能あるんじゃない?」

 なんだその才能。私はため息を一つつくと、妹を見上げてにらみつけた。

 怒っているのは、私をハイエナに変えたことじゃない。

 私の"同意もなく"私をハイエナに変えたことだった。

 この間は探し物が見つからないからって犬の姿に変えられて探し物をさせられた。

 その前は隙間に落ちてしまった鉛筆をとるためにネズミの姿に変えられた。

 そう、私が妹によって動物の姿に変えられるのは初めてじゃない。というか、割と日常茶飯事だ。

 そう、私の妹は魔女。平成のご時世に、魔女。恐ろしくシンプルな設定、魔女。しかも、変身魔法専門の。

「いやー、かわいい。ハイエナかわいいなー。かわいい」

 妹はのんきにそんなことを言ってるが、私はにらみをやめない。今の私は言葉を話せない。だから、精一杯目で訴えかけるしかない。なんでまた、私をハイエナに変えたのかを。

「……かわいいなぁ」

 おめえさっきからそれしか言ってないぞ!?

 ……いやな予感してきた。まさか……まさか妹さん、あんたまさか……!?

「ハイエナかわいいわー。かわいい……さて、写メとれたし、満足したわー。じゃ、おやすみ」

 写メとりたかっただけかい!

 怒りがこみあげてくる私に背を向けて、妹は幸せそうに部屋へと戻っていく。

 ……最悪だ、本当にこの子、私をハイエナに変えたかっただけだ。戻す気もない。このパターンの場合……私、二、三日はハイエナのままだ。多分、夏休みだから妹も私が長時間動物のままでも大丈夫だと思ったんだろう。

 よくねーよ、明日友達とカラオケの予定だよ! 断りの電話も入れられないよ!

 そう思うと、これは何か仕返しをせねばならないと、私は強く決意した。

 そんな私の目に留まったのは、落ちたアイス。妹がハイエナ化の魔法をかけた、アイス。妹は、今ベッドの中。目を覚ますのは、朝。

 ハイエナは、にやりと笑う。ハイエナ、怒らすと怖いぞ。

 そして翌朝。目が覚めてもハイエナのままであることに気付いた私は、深くため息をつく。だけどそんな時だった。

「グウォォォウッ!?」

 隣の妹の部屋から聞こえてきたのは、驚きに満ちたハイエナの鳴き声だった。

「グウォウ!」

 慌てて私の部屋に入ってきたのは、一匹のハイエナ。私よりもちょっとだけ小さくて、かわいらしいハイエナだった。勿論、この家に私以外のハイエナは本来いるはずない。ということは、このハイエナが誰なのかは、言わずもがな。

「ガウ! ゴォォゥ!」

「グウォッ」

 部屋に響き渡る、二匹のハイエナが喧嘩する声。こうして私たち姉妹は、ハイエナのまま数日を過ごすことになるのだった。

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この小説を書いた人

宮尾武利

ATRIダイレクター。獣化作家。

「獣化がまだ好きではない人に獣化を好きになってもらうため、獣化を好きな人にもっと獣化を好きになってもらうため」をモットーに、獣化について様々なアプローチを試みている。

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