望月ルナは、ごく普通の女子中学生。
14歳の誕生日を迎えたルナは、誕生日プレゼントとして、憧れの「獣化教習所」に通わせてもらうことに! お母さんと同じ「大型ネコ科」の獣化免許を取るため、ルナの獣化教習ライフが始まる!
望月ルナは、ごく普通の女子中学生。
14歳の誕生日を迎えたルナは、誕生日プレゼントとして、憧れの「獣化教習所」に通わせてもらうことに! お母さんと同じ「大型ネコ科」の獣化免許を取るため、ルナの獣化教習ライフが始まる!
14歳の誕生日は、私にとって特別だ。もう何年も前から、この日が来るのを心待ちにしていたし、この年の誕生日プレゼントも、ずっと前からおねだりし続けてきた。そして、お母さんとお父さんは私の願いをそのまま喜んで聞き入れてくれた。
「じゃあ、まずこれはお母さんから」
お母さんから少し大きめの箱を渡された私は、夢中で包装紙を破く。箱の中に入っていたのは、二着の服だった。横にファスナーのついた、伸縮性に優れた白いインナーと、私が着るにはかなりダボっとした、紐がたくさんついた水色のワンピースだった。私は嬉しさのあまり身をよじらせた。この服を着れる日が来るのを、ずっと心待ちにしていたんだから。
「そして、これはお父さんから」
続いてお父さんが私に渡してきたのは、薄い無地の、ちょっと大きな封筒だった。それだけで何か、私はすぐに分かったけど、急いで開けて中に入っていた冊子を取り出した。
「教習所の! パンフレット!」
それは私が憧れていた、近所の教習所のパンフレットだった。ずっと通いたくて通いたくて、通えるようになる14歳の誕生日をずっと待っていたのだから。
「じゃあ、通ってもいいんだよね!?」
「勿論、費用はお父さんが出してあげるから。明日申し込みをしてきて、来週末から通いなさい」
「~~~~!! ありがとうお母さん、お父さん!」
私はお母さんとお父さんに駆け寄りぎゅっと抱きしめた。ずっと憧れていた教習所、いよいよ通えるんだ! 自分の力で道路を走れるようになるんだ! そのワクワク感で私の胸はいっぱいになった。
翌日、お父さんから渡されたお金を手に、私は早速お母さんに送ってもらって教習所に向かった。今まであまり手にしたことのない額の札束に少し緊張しながらも、私は教習所の中へと入っていく。入校申込書をドキドキしながら書いて、受付に提出する。
「あの、お、お願いします!」
「はい。では身分証明書と、学生さんの場合は学生証も見せてくださいね」
受付のお姉さんに言われて、私は住民票と保険証、学生手帳を見せた。
「はい、いいですよ。えー……14歳、大丈夫ですね。あ、コースは……合って、ますよね?」
私の申込書を私に見せながら、受付のお姉さんはそう聞いてきた。指さす先は受講コースの選択欄。改めて見て、間違いなく自分の希望通りのコースにチェックがついているのを確認する。
間違いなく、「大型ネコ科」にチェックが入ってる。
「はい、大丈夫です! 合ってます!」
「なら大丈夫ですね。若い方だと、ウマとか小型のイヌネコとか取られる方が多いですから、念のため確認でした。大型ネコ科、お好きですか?」
「はい、お母さんが、大型ネコ持ってて……だから私も、憧れて」
「いいですねー。最初はそうやって選ぶのもいいと思いますよ。……はい、大丈夫です。大型ネコ科、技能と学科、えー入学金と必修分合わせて、お支払いがこちらになります」
電卓の金額を見て、改めて「かかるなぁ……」と心の中でつぶやくとともに、お父さんに改めて感謝した。世の中のお父さんお母さんって、大変なんだな……とも思いながら、預かっていたお金を受付のお姉さんに渡した。
「はい、こちらお釣りになります。入校は来週からとなりますので、お待ちしております」
「はい、よろしくお願いします!」
受付のお姉さんに頭を下げて、私は受付を離れ、大きくため息をついた。不思議な緊張感があったけど、これでいよいよ私も来週から教習所生活が始まるんだと思い、胸がますます高鳴った。
「あれ? 望月さん?」
不意に自分の名字を呼ばれ、私は声の方を振り返った。声の主はクラスメイトの日野さんだった。
「日野さんも通ってたんだ」
「そう、先週から。望月さんは今日から?」
「ううん、来週から。今日は手続きで。日野さんは何取るの?」
「私小型イヌ。望月さんは?」
「私は大型ネコ」
「え、大型ネコなんだ。珍しいね」
受付のお姉さんと同じようなリアクションだった。やっぱり、珍しいかな、中学生で、最初の免許が大型ネコって……。
「大型ネコ、ちょっと難しいって聞くからねー。憧れはするけど」
「でも私お母さんが大型ネコ持ってるから」
「あーそう言えば見たことあった。じゃあ憧れるよね」
「うん、だから取ろうって決めてて」
「よし、じゃあお互い頑張ろうね! あ、私、次の学科あるからいくね!」
「私もお母さん待たせてるから……じゃあ、来週また……って、明日学校で普通に会うか」
「そうだね、じゃあまた明日!」
「また明日!」
日野さんが教室に向かって走っていくのを見送り、私は教習所の外へと出た。深呼吸を一つして、振り返る。来週からいよいよ、ここに通うんだ。決意を胸にして、私は教習所を後にする。
少し歩いていくと、目に飛び込んでくるのは何匹かの動物が並んで待っている姿だった。私はその中の一匹の前まで歩いていく。中学生の私が一人悠々と乗れる、巨大なヒョウがそこにいた。黄金色の美しい毛並みと、ちりばめられた斑模様はいつ見てもきれいだなって思う。また、ヒョウが身に付けている、赤で統一されたインナーや首輪、ハーネスも、ヒョウのかっこよさをより引き立てていた。
伏せていたヒョウは私に気が付くと、頭を上げて口を大きく開き、そして。
「お疲れ、ルナ」
優しい声で私の名前を呼んだ。勿論、お母さんの声だ。
「お待たせお母さん、申し込んできたよ!」
私は慣れた手つきでヒョウの背中によじ登り、ヘルメットをかぶり、ヒョウのハーネスと自分の服を、カラビナで結び付けた。
「結局、大型ネコにしたの?」
「勿論! やっぱり私、ヒョウになりたいし!」
「嬉しいけど、お父さん妬いちゃうかもよ?」
「ウシもねー、かっこいいからそのうち取りたいけど……でもやっぱり大型ネコかなって」
「ふふ、ありがと。じゃあ帰ろっか。しっかり掴まっててね」
お母さん――ヒョウは私を乗せたまま、すっと四本の足で軽々と立ち上がると両の前足を軽く開き、小さく身震いをする。そして。
「グワゥッ!」
小さく吠えると、ゆっくりと歩き出す。私は少しだけ体を起こし、教習所を見る。
来週から自分が通う「獣化教習所」を。
翌週。いよいよ初日。再び教習所を訪れた私は、他の入校生と共に入校式を受ける。その中の何人かは、見たことある顔もいた。高校卒業や大学まで待つ人も多いみたいだけど、14歳になれば「獣化免許」が取れるんだから、高校受験が本格化する前に、私みたいに14歳になってすぐに取ろうとする子もそこそこいるわけで。
入校式を終え、早速私は技能教習を申し込んだ。待っていると程なく番号を呼ばれ、奥の部屋へと入っていく。外につながる大きな扉がついた、広い部屋。テーブルと椅子がいくつか並び、壁にはかなり大きめの鏡が備え付けられている。そこでは指導員のお姉さんが一人待っていた。
「指導員の浦井です。お名前をお願いします」
「望月ルナです、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします。一時限目ということで、緊張してると思うけど。早速獣化のこと学んでいくところからやりますから。しっかり覚えていきましょうね」
「はい、よろしくお願いします!」
私は頭を下げる。いよいよ、獣化の技能教習が始まるんだ……!
「じゃあまずは早速ね、見たことあるとは思うけど、道具から説明していきます。これね」
そう言ってテーブルの上に置いたのは、首輪、腕輪、足輪だった。首と両腕と両足、全部で五つの輪っか。
「お父さんお母さんって、獣化する?」
「はい、します。今日も送ってもらって」
「そっか、じゃあ見たことあるよね。この五つの輪っかで、獣化をコントロールします。望月さんは大型ネコ科ということで、これはトラ用のです。基本的には首輪によって、変身する動物が決まっています。望月さん何か特に練習したい動物って決まってます?」
「えっと、希望って言っていいんですか?」
「教習用の首輪で、空いてれば用意できますよ」
「あの、ヒョウってありますか?」
「ヒョウは……今空いてるからちょっと持ってくるね」
「す、すみません」
浦井さんは手元のタブレットを何か操作した後、一旦部屋を出る。一人取り残された部屋で、私は一人緊張していた。獣化する瞬間が、初めての獣化が、刻一刻と迫ってきているのだから。
「はい、持ってきました」
ものの十数秒で浦井さんは戻ってきた。その脇には箱を抱えていた。
「はい、これがヒョウ用の一式ね」
箱の中に入っていたのは、輪っか五点セットだった。
「では一時限目では、安全確認と正しい獣化の手順、そして姿勢を練習します。獣化は今の時代身近だけどだからこそ気を付けないとすぐ事故につながってしまいます。ニュースにもなるけど、死亡事故も年に何度も起きています。非常に便利だけど、非常に危険で、だからこそ免許が必要だということをよく理解した上で、しっかり学んで、しっかり守れば怖くないですから。いいですね」
「はい! 頑張ります!」
「いい返事。いいね」
浦井さんは笑顔でそう言ってくれた。私はもう、獣化への気持ちが高鳴って、多分今、いい返事しか返せないだけだと思うけど。
「じゃあ、まずは服装からチェックします。もう見て分かるけど、ちゃんとした服を着てきてますね」
「はい」
今日私が着てきたのは、誕生日にお母さんに買ってもらったあのインナーとワンピースだ。私の体にぴったりフィットする真っ白なインナーと、その上からダボダボのワンピースを羽織っている。
「結構前に法律が変わって、インナー着用は今は義務化されています。まず事故が起きた時に身を守るために重要ですし、ハーネスを付ける場合は擦れて体が傷つくのも防ぐことが出来ますから、必ずつけてください。その上の服は着ても着なくてもいいけど、着る人が多いですね。ただこれも法律が有って、走行の妨げになるような服は着ることが出来ません。今日の望月さんのワンピースの場合は、それ用に紐がついてますから、まずは絞っていきましょう。やるのは初めて?」
「家で何回か、お母さんと練習しました」
私はそう答え、ワンピースについた紐を掴んで引っ張る。腰の紐を締め、両肩の紐を引っ張り裾を上げ、もう一つ別の腰の紐を引っ張りスカートの丈をまくり上げる。ダボダボだったワンピースが、膝丈ほどのミニスカートになった。
「いいですね、基本的には獣化した後、裾が地面に触れないこと、走ってる足にかからないことが大事です。獣化前に必ず安全確認をしてくださいね」
「はい!」
「じゃあ、いよいよ輪っかを使っていきます。望月さんはこのヒョウのを使ってください。まずは私がこっちのトラのを使って、説明します」
浦井さんはそう言ってテーブルの上の五つの輪っかを手に取った。
「まずは基本的に、腕輪と足輪の四つから付けていきます。首輪を先に付けて誤作動すると事故の元ですから、この順番は絶対に守ってください。輪っかは結構伸びるけど、付けると結構きついから、慣れるまでは違和感あると思うけど、まぁ慣れですから」
そう説明しながら、浦井さんは手際よく四つの輪を自分の手首足首に付けていく。付ける輪っかが合っているかを確認し、向きを確認し、手で広げ、付けていく。四つの輪っかは、私が着ているインナーとも似た伸縮性のある素材で出来ている。
「じゃあ、望月さんも付けてください」
「は、はい!」
私はそう言われ、ヒョウの輪っかを四つ手にする。合っているかを確認して、向きを確認。ぐっと力を入れて広げて、手首足首に付けていく。お母さんが、お父さんが、街を行きかう獣たちが身に付けている輪っかを、今自分も付けている。それだけで私のテンションはどんどん上がっていく。
「はい、いいですね。じゃあいよいよ首輪も付けます。首輪は付ける前に、ONになっていないことを必ず確認してください。そして周囲を必ず確認して、人がそばにいないことも確認してください。特に大型になる場合、周りに人がいるのは危険ですから、しっかり確認してください」
首輪も素材自体は腕輪足輪と同じだけど、中の一部に金属が埋め込まれていて、よりきつく、より固い。この中の金属に回路が埋め込まれていて、人の体を獣に変えることが出来ることは知っているけど、中学だと全然習わないし、詳しい仕組みは正直私はまだよく分かっていない。座学で勉強しなきゃいけないんだよな……と思いつつ、浦井さんの見様見真似で首輪も装着する。
「首輪が装着出来たら、改めて五つの輪が正しく身についていることを確認してください。安全確認は大事ですからね。確認が出来たら、いよいよONにします。首輪の中の固いところ、金属のところを強く押すと、首輪、腕輪、足輪から信号が送られて、獣化が始まります。まずは私がやって見せます」
そう言って浦井さんは、自分の首輪を強く押す。同時に首輪からやや大きめの電子音が短く鳴り、次の瞬間、浦井さんの体に変化が起き始める。
首輪のついた浦井さんの首が太くなり、横からは橙色の、前からは白色の獣の毛が生え始める。その毛はどんどん浦井さんの肌を覆い隠していく。手首と足首も同じように、毛がどんどん生えていく。
「変身が始まったら、体の力を抜いて、ゆっくり体を前屈みにします。慣れないうちは、最初から膝をついていてもいいです。バランスを崩しやすいですから、周囲に十分気を付けてください。」
浦井さんは変身に一切動じることなく、変身しながら説明していく。喋っている間にも、浦井さんの体はどんどん変わっていく。体は一回り、二回りと大きくなり、手足の指は短くなって獣の足へと変化していく。橙色と黒色の、しましま模様の細長い尻尾が生え、その体はいよいよトラそのものへと変わっていく。顔もまた、若い女性の顔が歪み、鼻先が突き出し、口の中に牙が生え、長い髪はいつの間にか消え失せ、顔も頭も縞模様の毛で覆われていった。もう一度首輪から電子音が聞こえた時、もうそこに若い指導員の姿はなかった。その指導員と同じ服を着た、一匹の大きなトラがそこに四つ足で立っていた。
「変身が終わったら、鏡を使って必ずちゃんと獣化出来ているか確認してください。不十分な変身のまま走り出すと危険ですからね。屋外だと鏡が無いことも多いですが、その場合はきちんと全身を見回すようにしましょうね」
トラは浦井さんの声でそう喋り出した。獰猛な肉食獣から聞こえてくる優しい女性の声は、ギャップがすごかった。
「じゃあ次は望月さん、獣化してみましょうか」
「は、はい!」
私は一つ深呼吸をすると、ゆっくりその場に膝をつく。
「望月さん、周囲の確認が先ですよ」
「あ、ご、ごめんなさい!」
私は慌てて立ち上がり、周囲を見渡す仕草をする。自分の服の、紐がほどけたりしていないかも確認する。問題ない。それを十分確認したうえで、私はもう一度膝をついた。左手を床に付けて、右手をそっと首筋に持っていく。
「あの、押します!」
「はい、どうぞ」
私は息を吸い込んで、首輪の固い部分を力強く押し込んだ。音はほとんどしないけど、金属の何かがカチッとハマる感触を指に感じた。それと同時に、首輪から短い電子音が聞こえてきた。
「すぐに右手も床に付ける」
「はい!」
言われるまま私は両手を床に付ける。その瞬間にはもう、私の体に変化が訪れ始めていた。
「ぅわ……!」
思わず小さく声が出た。背筋が、両手両足が、しびれるような感覚があった。痛くはないし、ミシッ、ミシッと肉と骨が動く小さな音が聞こえてきた。周りの人が獣化しているときには気づかなかった、自分が獣化して初めて感じる「変化の実感」を、私はまさに味わっていた。
それからすぐに腕輪の周り、私の手首から黄金色の毛が噴き出してきた。長年憧れてきた獣の毛が今私の皮膚を覆っていく。手の指は、短く、太くなっていく。人の手から、獣の前足へ。四つの足で大地を駆るのにふさわしい形へ、作り変えられていく。
服で隠れて見えないけど、腹に、背に、腰に、獣の毛が生えてくる感触が広がっていくのが分かる。そして体が軋む小さな音と共に、体全体が作り替わっているのも。足はかかとが伸びてきているし、体全体が大きくなり、だけど筋肉で引き締まっていくのも分かる。ちらりと鏡を見ると、私のお尻のあたりで何か細長いものが揺らめいているのが見えた。そしてその揺らめく何かに、感覚があるのも分かる。それは勿論尻尾だ。私の、獣の尻尾だ。黄金色に黒い斑が点在するその尻尾は、いよいよ私が人間では無くなっているのだという実感をより強めた。
「っ、くぁ……!」
首から始まった変化は、私の顔も作り変えていく。顔にも勿論獣の毛が生えていく。鼻先の骨が、肉が、何かの力で引っ張られるように前へと突き出し、その周りには細く長く固い、ヒゲが生えていった。歯は鋭くとがり、獣の牙へと変わっていく。耳にも毛が生えて頭の上でぴくぴくと動く感触があった。髪の毛は短くなっていき、頭も斑模様の毛で覆われていった。
「フゥ……ハァ……!」
疲れるほど何かをしたわけではないけど、初めての獣化での緊張からか、私の息はいつの間にか上がっていた。丁度その時、首輪からもう一度電子音が聞こえてきた。それは、変化が完了した合図。私は、逸る気持ちを抑えて、ゆっくりと顔を上げる。そして、目の前の鏡を見た。
そこにいたのは、一匹のヒョウだった。私の服を着たヒョウと、ぴったり目が合った。人ひとりは乗せれるかという大きな体に、道を高速で駆け抜ける逞しくもしなやかな四肢。黄金の毛並み、漆黒の斑、翡翠の目を持つ立派な獣が、私の服を着てそこに立っていた。
私が首を傾ければ、ヒョウも首を傾ける。私が口を開けば、ヒョウが鋭い牙を見せてくる。
ヒョウだ。
私は、本当に、ヒョウになったんだ!
「はい、見とれているところ水を差すけど、ちゃんと全身のの変化、安全確認してくださいね」
「あ、はい、ごめんなさい、えっと」
トラに言われて、私は慌てて全身を確認する。手は、変化してる。足も変化してる。変化の最中に、服の紐がほどけたりはしていない。インナーはしっかり伸びてヒョウの体にフィットし、破れたりしていない。変化中に周りにぶつかったりしていないし、五つの輪っかに異常はない。
うん、問題なく獣化出来てる。
「大丈夫、だと思います」
「大丈夫ですね。じゃあ早速、体を動かすのに慣れていきましょう。一時限目は基礎的な動きを練習するところまでです。まずは伏せて、立ち上がるところから」
トラ――浦井さんは、その場で一度伏せて、立ち上がるまでをやって見せてくれた。私も見様見真似でその場に伏せてみる。ちらりと鏡を見ると、その姿はヒョウが伏せをしている姿にしか見えない。服を着ていなければ、私だって分からないくらい、今の私は立派なヒョウだ。
今度はゆっくりと足に力を入れて四つ足で立ちあがってみる。さっきまで手だった前足で体重を支えるのは不思議な感じがした。
「スムーズにできるまで、何度か練習しましょう。はい、伏せて……立って」
浦井さんに言われるまま、私は何度か伏せて立つ練習を繰り返した。何でもないこの動きだけど、繰り返すたびに獣の感覚が体に染み込むような感じがして、じわじわとヒョウとしての気持ちが出来上がってくのを感じた。
「はいじゃあ、次はいよいよ軽く歩いてみます。歩き方は色々あって、技能でも座学でもこれから勉強していきますが、まずは基本。人間と同じで右、左、右、左、とゆっくり足を出して歩く練習します」
トラは話をしながら、私の前でゆっくりと歩き始める。
「足を出すのは左右交互なのは人間と一緒です。前後の足は、後を動かして前、後を動かして前の順番。これが基本。実際やってみましょう。ついてきてください。分からなかったら鏡を見て」
私は恐る恐る右後足を上げ前へと出し、右前足を上げて前へと出す。続けて左。続けて右。続けて左。
右。左。右。左。
歩けてる。四つ足で、獣の体で、私歩けてる!
「いいですね、じゃあこのままこの部屋の中を何周かしますよ」
ちらりと鏡を見る。服を着たトラの後ろを、服を着たヒョウが歩いてる。町中で見慣れた光景ではあるけど、その当事者が自分だっていうのは、すごく不思議な感じだ。
「はい、いいですね。じゃあ止まって。じゃあ一時限目最後に、基本の操作を少しだけ。実際はこれからの教習でまたそれぞれ勉強していきますが、このあと二時限目で部屋の外出てコース出る前に、頭に入れておくことだけ話します」
私たちは立ち止まって、また向き合う姿勢をとる。
「まずは右折と左折。まずまっすぐ前を見た状態で、首をぐっと右に大きく傾けると、右だけ前足後足両方の足輪が光ります。これが右折の合図。左に傾けたら、左だけ光って左折の合図。実際やってみましょう」
私は試しに首を傾ける。けど足輪は光らない。
「思っているより結構グッと傾けて」
私はもう一度、思いっきり傾ける。すると今度はちゃんと足輪が光った。
「誤動作防止のため、結構グッといかないと光らないですから。走ってる最中とかね、結構初めは難しいですけど、慣れればね、加減が分かると思うので、初めのうちはしっかり大きく動かすことを意識しましょう。面倒くさがって出さない獣とかいますけど、普通に法律違反ですし、本当に危険だから、しっかり合図出すようにしましょう」
「はい!」
「次に鳴き声ですね。最近はあまり使いませんが、マナーの一環として今でも使うことがありますから覚えておきましょう。左右の前足を、グッと外に広げると、声がその動物の鳴き声になります。グッと内側を向けると、人間の声に戻ります。こんな感じ」
トラはそう言って、前足を外に広げる。そして。
「ガウゥッ!」
さっきまで浦井さんの声で喋っていたトラは、逞しい咆哮を上げた。いよいよこうなると、この獣が若い女性であるということが分からなくなる。トラはすぐに前足を内側に向けると、私の方を向いた。
「じゃあこれも練習してみましょう」
私は一つ深呼吸をすると、前足をぐっと外側に広げる。次の瞬間、首輪が一瞬だけきつくなるような気がしたのと同時に、喉がぎゅっと掴まれるような違和感に襲われた。それはほんの一瞬ですぐに楽になったけど、でもやっぱり喉の感じがちょっと違う気がする。試しに声を出してみる。
「ウォ……グウォ、ガウゥ」
私の喉から出てきたのは、とても女子中学生が出したとは思えない、くぐもった獣の鳴き声だった。すごい本当に声までヒョウになっちゃった。もう今の私、私の服を着ている以外は完全に、ただのヒョウじゃん。
すごい。今私の、テンションがすごい。
……でも、楽しんでる場合じゃない。私は惜しみながらも前足を内側に向けた。
「あ……ああ~……喋れる、ますよね?」
緊張して変になった日本語をごまかすと、浦井さんはちょっとだけ噴き出しかけながらも「大丈夫ですよ」と言ってくれた。
「他にも覚えることは色々あるけど、まずはこんなところです。この後続けて二時限目で、いよいよ外に出ますが、その前に休憩しましょう。最後に獣化を解除する方法を学んで、一旦解除して休憩します。解除は、前足を内側に向けた状態で、右の後足でトントン、と二回地面を蹴ります」
浦井さんが言った通りの動きをすると、首輪から電子音が聞こえてきた。次の瞬間、トラの様子に変化が訪れる。さっき見た変身を逆再生するかのように、トラの姿はみるみる変わっていき、元の浦井さんの姿に戻っていった。
「はい、じゃあ望月さんやってみて」
私も同じように、前足を内側に向けて、後足でトントンと地面を蹴った。首輪から音が鳴り、首輪と、前後左右の足輪が震え、体にまた痺れが襲ってくる。私の体がまた、変化していく。
私の体を覆っていた毛が消えて肌があらわになる。前足の指はすらりと伸び、見慣れた手に戻っていく。頭からは髪の毛が生え、牙もヒゲも消えていく。
さっきまでここにいたヒョウはいなくなり、そこにはヒョウと同じ服を着た人間が一人、いるだけだった。
いつも通りの、望月ルナがいるだけだった。
「はい、じゃあ一時限目はここまでです。休憩の後、また二時限目があるので、まずはしっかり休んでください」
「はい、ありがとうございました!」
私は頭を下げた後、部屋の鏡を見る。そこに映っているのは、いつも通りの私だ。さっきまでヒョウだったとは思えない、ごく普通の、中学生の女の子だ。
でも、さっきまで私は確かにヒョウだったんだ。そしてこれから何度も、ヒョウに変身して、走り回るんだ……! そう思った瞬間、自分の中の血がどっと沸くのを感じた。
こうして、獣化に憧れる私の、「獣化教習所」での日々が幕を開けた。立派なヒョウになるために、これから精いっぱい頑張らなきゃ!
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