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カードゲームの敗者の末路

2023/06/03


闇のカードゲームに負けてしまったら、その罰ゲームはやっぱり……こうですよね

 人間とモンスターが共存する世界。この世界では、モンスターをカードに封印して、それを使役して戦うカードバトルに、子供も大人も夢中になっていた。

 特に私たちが住むこの町ではカードゲームが盛んで、多くの強豪プレイヤーを生み出している。かく言う私もその一人で、去年は全国大会でベスト16まで進んだし、私の幼馴染なんて全国チャンピオンにまでなった。私たち以外にも、クラスメイトも、先生も、町の人も、みんなカードゲームをプレイしていて、みんな強い。

 けど、この町でここ数週間、不穏な出来事が続いていた。この町の強豪プレイヤーが、相次いで失踪したのだ。残っている私たち強豪プレイヤーたちは、事件の真相を協力して探っていたんだけど、ついに私は、決定的場面を押えてしまった。

「きゃぁぁぁっ!」

 路地裏から聞こえてきた叫び声を聞きつけて、私は気配を消しながら路地裏を覗き込んだ。声の主は、まさに今カードバトルで負けた瞬間の強豪プレイヤーの少女だった。

 私が驚いたのは、勝者となったその対戦相手だった。今回の事件を共に調べていた、私たちの仲間の一人だったからだ。だけどその指には、怪しげな指輪が付けられていた。あんなの、今までは持っていなかったはずだ。

「それでは受けてもらうよ、闇の罰ゲーム!」

 勝者がそう叫ぶと、指輪が怪しく光り、その黒い光が敗者となったプレイヤーを包み込む。

「嫌、嫌ぁ!」

 その様子を見ていた私は、目を疑った。光の中で敗者の少女の姿が、そのシルエットが変わっていった。体を黄色い外骨格が覆っていき、腕が一対生えてきて、元の手は指が短くなるどころか、その手がまるで槍のように鋭くとがったものへと変化していく。彼女のかわいかった顔が歪んで、大きな顎と、触覚が生えてしまう。

「ギ……ギギッ……!?」

「気分はどうだい、ランサービートル。これで君も、僕のインセクトデッキの仲間入りだ。さぁ、手札に戻れ!」

「ギ、ギィッ!?」

 私は、言葉を失った。今目の前で一人の少女が、虫型モンスターの姿に変えられてしまった挙句、そのままカードの中に、悲し気な表情を浮かべながら吸い込まれてしまったのだから。

 おそらく、今回の事件の一部始終を目撃したことになると思うけど、その予想外の真実に私は戸惑っていた。とはいえ、まずは他の仲間たちに知らせなきゃ。そう思って通信端末を手にしたけど、何故か圏外になっていた。そんなはずはない、路地裏とはいえ、町中なのだから、電波が届かないはずない。

「ねぇ、コソコソしてないで、君も出てきなよ」

 声の主は、今勝者となったインセクトデッキ使いの少年だった。私はやむを得ず、彼の前に姿を見せる。

「君が、みんなをモンスターに変えて、手札に加えていたんだね……!」

「そういうこと。この指輪の力さ。これがあれば僕は、この町で、いや、全国で最強のプレイヤーになれる!」

「そんな……そんな道具に頼って得た強さなんて、本当の強さじゃない!」

「強さに、本当も嘘も無いよ。少なくとも、バトルに勝ったこと自体は、僕の実力。強くなるために、モンスターをカードにして、手札に加えること自体、僕らが普段やってることだろ? それが、モンスターだけじゃなく、モンスターに変えた人間もプラスしてるだけ。何もおかしなことはしていないんだ」

 そう話す彼の目は、何かに操られているとかじゃなかったけど、明らかに力に酔いしれて冷静さを失っていることは確かだった。

「みんなを、元に戻してよ!」

「それはできない」

「どうして!」

「だって、方法が分からないからね」

「なっ……!?」

「敗者はモンスターの姿になって勝者の手札になる。それがこの指輪の闇の力。それ以上のことは僕も分かってない。みんなを戻したいんだったら、僕に勝って、指輪を僕から奪って、調べてみるしかないんじゃない?」

「っ……! なら!」

 私はデッキを取り出して構える。

「私と勝負して!」

「いいよ。僕が勝ったら、君は僕の手札になる。君が勝ったら、指輪は君のモノになるし、勿論僕も君の手札になる」

「私は、君をカードに変えるつもりはない!」

「つもりがあるかどうかは関係ないよ。闇の罰ゲームは、指輪の持ち主にも平等に降りかかる。君が望もうと望むまいと、僕が負ければ、僕は君の手札になるだけさ」

「そんな……!」

「さぁ、バトルスタンバイだ!」

 こうして私たちは指輪と、互いがモンスターになる罰ゲームをかけて、闇のカードバトルを開始した。私も彼も、そもそもこの町屈指の強豪プレイヤー同士。互いのバトルは一進一退を繰り広げた。

 けど、私も、しっかり彼にダメージを与えていけていたんだけど、新しい手札が増えている彼のデッキに対応しきれず、徐々に劣勢になっていき、ついに……。

「いけ、ランサービートル! プレイヤーにダイレクトアタック!」

「ギッ……!」

 黄色い虫モンスターが、申し訳なさそうな表情を浮かべながら私に直接攻撃する。私はなすすべなくダメージを受ける。

「あぁぁっ!」

「ははっ、僕の勝ちだね」

「そんな、それじゃあ……」

「君にも、闇の罰ゲームを受けてもらうよ。……ちょうど、タイミングもいいみたいだしね」

 彼が私から視線を逸らす。その先には、私の幼馴染のチャンピオンの少年がいた。

「お前ら……何をしてるんだ!」

「ちょうどよかったよ。君の方から来てくれて。僕が一番手札に欲しいのは、君だからね。でも、その前に……」

 インセクトデッキの少年は私の方を再び見て、指輪をかざす。

「闇の罰ゲーム!」

「あぁぁぁっ!」

 指輪から放たれた黒い光が、私に襲い掛かってくる。

 私は抵抗しようもなく、ただその光に体を覆われていくしかなかった。そして、私の恐怖が始まった。

「嫌っ……」

 私の手が、みしりと歪んだかと思うと、その形が二本の鋭い爪が生えた小さな前足へと変化していく。腕が徐々に紫色の外骨格に覆われて、細くなっていく。

 戸惑って腕を動かそうとすると、何かが同時に動く感じがした。おそるおそる見てみると、体にもう一対、脚が生えていた。その脚も勿論、細く、外骨格で覆われた脚だった。

 元の足も勿論変化して、後足に変わってしまっていた。背中には、大きな羽が生え、それを守るようにやはり外骨格が覆っていく。

「あぁ、うっ……!」

 体の変化はほぼ終わってしまい、ついに顔まで変わり始めてしまう。私の口元から鋭い顎が牙のように伸びて、頭の先には触覚が生えていく。目は大きくなって、頭のてっぺんには、短い角がちょこんと生えてしまった。そしてついに、私は完全に変化を終えてしまった。

「ギッ……ギギッ!?」

「ははっ、いい姿だよ。マジカルビートル、それが君の新しい名前だ」

 マジカルビートル、そう呼ばれて私は自分の姿を確認した。紫色の外骨格で覆われた硬い体。六本の足。大きな羽。鋭い顎と、小さな角。私の姿は、カブトムシに似た虫のモンスターだった。

 私は、虫型モンスターになってしまったんだ。人間が、モンスターに、本当になってしまうんだ。

 体を動かそうとすると、六本の足それぞれが動いてしまう。前足も、中足も、後足も、それぞれ地面を踏みしめている感触がある。腹も、顔も地面すれすれで、周りを見上げる形になってしまうし、目の位置も変わって、周囲の見え方が変わってめまいがしそうだった。

「ギィ、ギィィィッ!」

 声を上げようとしても、出てくるのは虫の鳴き声だった。しかも、戻し方が分からないということは、もしかして私は、このまま、ずっと、この虫の姿のまま……!?

「いったい何をした! 何で、人間がモンスターに!?」

「この指輪の力さ。いなくなった強豪プレイヤーはみんな、僕の手札になったってわけさ」

「そんな……みんなを元に戻せよ!」

「それは無理だなぁ。だって方法が分からないからね」

「なんだって!」

「僕はこの指輪の力で、みんなを変えたに過ぎない。みんなを元に戻したければ、僕に勝って、指輪を調べてみるといい」

 だめだ、この誘いに乗っちゃだめだ!私は必至で止めようとする、けど。

「ギィッ、ギィィッ!」

 虫になってしまった私の言葉は、人間に理解してもらうことも出来ず。

「待ってろ、今元に戻してやるからな!」

「ギィ……」

 私のために、戦ってくれようとするチャンピオンだけど、これから私は……。

「じゃあ、一旦カードに戻ってもらうよ。マジカルビートル」

「ギッ!?」

 カードをかざされると、私の体はカードの中に吸い込まれ、私はカードの中の、ただの絵になってしまった。

「――!」

 ついに生き物でもなく、ただの紙になってしまった私は、抗うことも出来ず、他のカードと共にシャッフルされて、ただ出番を待つことしかできなくなってしまう。

「さぁ、バトルスタンバイだ!」

「望むところだ!」

 そんな私に出来ることは、ただただチャンピオンが勝つことを祈るだけだった。けど……。

「僕は手札から、マジカルビートルを召喚!」

 私はカードから再び場に呼び出され、六本の足で再び地面に降り立つ。そして。

「マジカルビートル、相手モンスターに攻撃!」

「ギィッ!」

 私は命令のまま、チャンピオンの手札のモンスターを攻撃して破壊する。元強豪プレイヤーだった虫モンスターだらけのインセクトデッキは、シナジーも、能力も単純に高く、攻略は困難だった。たとえそれが、チャンピオンだったとしても。

「くっ……ターンエンドだ……」

 数ターン後、チャンピオンは具体的な対策をとれないまま、ついに場にモンスターがないままでターンを終了せざるを得ない状況に追い込まれた。つまりこの時点で、決着はほぼついてしまった。

「さすがチャンピオン、といったところだけど、強くなった僕のインセクトデッキの敵ではなかったね。さて、とどめといくよ。マジカルビートル! プレイヤーにダイレクトアタック!」

 その命令を、私は無視しようとした。このゲームを、終わらせたくなかった。でも。

「無駄な抵抗だよ、マジカルビートル。ここからどうしようもないことぐらい、君も分かってるだろう? ならばせめて幼馴染の君の手で、終わらせてあげるべきだろう」

「ギィィッ……!」

 私はチャンピオンの方を見た。覚悟を決めた表情で、悔しそうな表情で、小さく頷いた。

「さぁ、改めて! マジカルビートル、ダイレクトアタックだ!」

「ギィッ!」

 私は、羽を広げて飛び上がると、魔法のオーラをまといながらチャンピオンに突撃をした。

「うわぁぁぁっ!」

 チャンピオンは声を上げてその場にうなだれた。私が、やってしまったんだ。私が、幼馴染の彼を、負けさせてしまったんだ。

「さぁ、最強のチャンピオンはさぞかし強いカードになってくれるだろうね……闇の罰ゲーム!」

「うわぁぁぁっ!」

 指輪から放たれた光がチャンピオンを包み込むと、彼の姿が変わり始めていく。体を青い外骨格が覆っていき、腕が増えて虫の足へと変化していく。体は丸みを帯びて、大きな羽が姿を見せる。かっこよかった少年の顔も歪んでいき、虫の顔へと変化し、頭の先には体ほどの大きさの巨大な角が生えていく。

 そして黒い光が消えると、さっきまでチャンピオンがいたその場には、カブトムシに似た、青い虫型モンスターが佇んでいた。

「ギィ……」

「さすがだね、最強の虫モンスターの一角、ブレイブビートルになるとは君らしいよ。君が一枚あるだけで、インセクトデッキの取り回しは劇的に良くなる。……これ以上やると、僕も疑われてしまうからね。君たちで一旦打ち止めだ」

 私は、慣れない六本の足を使って何とか歩き、チャンピオン――いや、ブレイブビートルになってしまった彼のもとへと歩み寄った。

「ギィ……(大丈夫? 言葉、通じるのかな……?)」

「ギギッ(通じるみたいだ……ごめん、負けちまった……)」

「ギィ、ギィ(私だって負けちゃったし、仕方ないよ……)」

「仲睦まじい様子、素晴らしいね。安心しなよ。君たちの力があれば、君たちの代わりに僕が全国大会で、チャンピオンになってあげられるからね」

 そう言って彼は、私たちをカードへと戻し、私たちは他のカードと共にデッキケースにしまわれるのだった。

 それから数週間後。

 強力なインセクトデッキを手に入れた彼は、強豪不在となった町で予選を突破し、その勢いで全国大会も次々勝ち進んでいった。

「僕は手札からブレイブビートルを召喚! 更にブレイブビートルの特殊効果発動! 山札からマジカルビートルを召喚!」

 全国大会の最中、私たちは彼の手札として戦い続けるしかなかった。会場を埋め尽くす満員の観客、世界中に中継されている放送の視聴者、数多くの人が見ている中で、今この場に召喚された青い虫モンスターが前回チャンピオンの少年で、紫の虫モンスターがその幼馴染の少女だなんて、誰も思いもしないだろう。

「ギィッ……(本当なら、私や君が、ここで戦っていたはずなのに……)」

「ギギ、ギギッ!(仕方がない、チャンスを待つしかないんだ。きっといつか、戻れる方法があるはずだ……!)」

 こうして私たちは、いつか戻れる日を信じながら、インセクトデッキ使いの彼の手札として、彼の強力な切り札として、モンスターとして戦い続けるのだった。

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この小説を書いた人

宮尾武利

ATRIダイレクター。獣化作家。

「獣化がまだ好きではない人に獣化を好きになってもらうため、獣化を好きな人にもっと獣化を好きになってもらうため」をモットーに、獣化について様々なアプローチを試みている。

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