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メタモるプロの三姉妹 第四話「人狼」

2023/06/03


変演に興味があるアイドル、琉花が三姉妹のところへ遊びに来た。芽衣と樹希がこれまでの仕事の話を、萌絵と琉花に話したり、談笑しているうちに、いよいよ変身を披露することに。樹希が人狼に変身してみせると、次は萌絵が一人で変身するよう言われて……萌絵は一人でうまく人狼に変身できるのか?そして、琉花も実は……

 ダチョウの仕事を終えて、立方体オブジェに変身して、春休みが終わって学校が始まり、しばらく経った四月の第三週土曜日。

 あの変身の日々が夢だったかのように、私は今まで通りの日常を過ごしていた。ダチョウのCMも、放送されるのはまだ先だし、いざ日常に戻ってしまえば私はやっぱり普通の女子中学生で。友達も、まさか私がそんな特別な仕事を始めただなんて知るはずもなく、言えるはずもなく。この平凡な日々も、これはこれでやっぱりいいかもと思い始めていた、ちょうどその頃だった。

 この日は、以前ダチョウの撮影で約束をしていた、琉花ちゃんがスタジオに遊びに来る日だった。

「というわけで、お久しぶりです! 芽衣さん、樹希さん、萌絵ちゃん! 今日はよろしくお願いします!」

 マネージャーさんと一緒にスタジオにやってきた琉花ちゃんは、今日も元気いっぱいだった。

「川里プロダクションのスタジオにようこそ! 琉花ちゃんの、大手さんのスタジオに比べたら小さいし、別にウチだから特別なものがあるわけではないけど、楽しんでいってね」

「はい!」

 琉花ちゃんの楽しそうな笑顔は、本当に今日を楽しみにしてたんだなっていうのが伝わってきた。琉花ちゃんのマネージャーさんは、琉花ちゃんと芽衣ちゃんと会話をした後、スタジオを後にした。時間が来たらまた迎えに来てくれるらしい。

「広ー--い意味では、これも仕事の一環ってみなしてもらってるんです。レッスンと同じくくりってことで」

 琉花ちゃんの言葉に、へぇ~、といった後、私たちは改めて簡単な自己紹介と、軽い世間話をした。前回会った時は、私はほとんどの時間ダチョウの姿だったし、やっと普通に、人間と人間の会話が出来ている感じがして、やっぱりこれが一番結局落ち着く感じがした。ソワソワせずに、私と琉花ちゃんとで会話が出来ているというか。

 それからその次は、芽衣ちゃんがこの仕事を始めた時の話を聞いた。芽衣ちゃんは自分の変身できる体質のことは小さい頃から知っていて、こっそり練習をしていたらしいけど、変演の仕事を始めたのは今から四年前、高校三年生の時だった。元々私たちのおじいちゃんが変演俳優をやっていて業界ではちょっと有名だったらしいんだけど、そのおじいちゃんが引退を決めて、会社と仕事をそのまま芽衣ちゃんに譲ったらしい。ちなみに、お父さんも実は変身できるらしいけど、お父さんは変身も演技もあまり得意じゃなかったらしく変演俳優にはならなかったみたい。

「私も最初はおじいちゃんと比較されたけど、すぐに私自身の演技を評価してもらえて。巡ってきた仕事の運にも恵まれていたのかなって」

 そうして仕事を始めてからあっという間に業界で有名になり忙しくなった芽衣ちゃんは、樹希ちゃんと仕事を分配するようになった。

「私も初めは自分の体質のこと知らなかったからびっくりしたよ。いきなり体質のこと教えられて、その日のうちにチンパンジーに変えられて撮影に連れていかれたんだから」

 そう話す樹希ちゃんは本当にちょっと呆れた様子で、これまでの苦労が伺われる。私の時、ちゃんと前もって変演のこと説明してくれて、変身を見せた上で、意思を確認して、ダチョウに変えた流れ、大分ましだったんだな。

 確かにいきなり、自分の体質のことをしらないままチンパンジーに変えられて、撮影されたら、それは怖いしちょっと嫌だな……なんかそういう苦労が、樹希ちゃんの気遣いにつながっているのかと思うと、有難いような、申し訳ないような……。

「でもそういえば、忙しいって言っても、私の現場にも、樹希ちゃんの現場にも、芽衣ちゃんが一緒に来てるわけだよね?」

「まぁ、演技を私が全部受けて、二人にはマネージャーだけやってもらったり、そもそもマネージャーを雇うっていうのも選択肢として考えたりもしたんだけど、私の場合、長期の撮影もあって役作りもあるからね。期間の短い仕事は分担出来たら楽っていうのはあるよね。それに将来的に、もし本格的に、私みたいに変演を本業にするつもりなら、その時はちゃんとみんなそれぞれのマネージャーを雇おうとは思ってるけど、今はまだ顔が知られている私自身がマネジメントした方がいいしね」

 そういうものなのか、と思いつつ、芽衣ちゃんが無理しないから自分はこの仕事と巡り合えたわけで、それはちょっと嬉しい気持ちもある。

「さて、話もほどほどで。琉花ちゃんもせっかく来たんだし、そろそろ一回変身しようかな」

 そろそろ一回変身しようかな、ってまぁまず聞いたことない日本語を樹希ちゃんが言うと、ゆっくり立ち上がりストレッチを始めた。

「私たちは何にでもなれるけど、まぁでも、まずはオーソドックスなところをやっぱり押さえておかないとね」

 樹希ちゃんはストレッチを終えると、ゆっくりと深呼吸をして、そして意識を集中し始める。

 次に体を少し震わせたかと思うと、樹希ちゃんの体がみしみしと音を立てて歪み始める。手の指の先に黒く鋭い爪が生え始めたかと思うと、手の甲には茶色い獣の毛が覆い始める。足元を見ると、足の指の先からも爪が生え、かかとが地面から離れてぐんと伸びていく。それは獣の後ろ足の様な形だけど、樹希ちゃんはそのまま二本の足で立ったままだ。

 茶色い毛が、樹希ちゃんの体を覆っていくにつれ、その形も人間のそれから徐々に離れていく。けど、ダチョウの時のように全く違う姿に変わっていくのではなく、あくまで人間のフォルムはベースになったままだ。ふくらはぎは細く、太ももは太く筋肉質になる。お尻からはぶわっと毛があふれ、豊かな尻尾が形作られる。体は一回り、二回り大きくなり、だけど元々女の子としてはがっしりめだったその体はより一層引き締まり、その肉体を柔らかな毛が覆い隠していく。

 顔も、鼻先が黒ずんだかと思うと前へと突き出していき、ちらりと見えた口の中の歯はどれも鋭くとがり、舌も伸びていた。耳は頭の上にピンと立ち上がったあと、大きく割けた口を開いて、一度ゆっくりと息を吐きだした。どうやら変化が終わったようだ。

 今まで樹希ちゃんがいた場所に立っていたのは、茶色いふわふわの毛で覆われた、二本足で立つ大きな狼だった。つまり、人狼だ。かっこよさ、かわいさを併せ持った絶妙な姿を見て、私は胸が強くどくん、と強く高鳴ったのを感じた。

「やっぱり変身といえば、これだよな」

 その声は樹希ちゃんの声、ではあるんだけど、心なしかくぐもっているし、ちょっとだけ低く感じた。その声はその姿に合っていて、すごくかっこよく感じた。

「すごい、すごいかっこいいです!」

 琉花ちゃんは目を輝かせて人狼を見上げる。人狼は優しげな表情で琉花ちゃんに微笑むと、私の方を向いて問いかけてきた。

「さぁ、どうする? なってみる?」

「な、なれるかな? 私も?」

「勿論。私たちは何にでもなれるからね。むしろ、ダチョウより難しくはないよ。でも折角だし、萌絵は自分の力で変身に挑戦してみようか」

「えっ」

 樹希ちゃんの言葉に、私は驚いた。私が、自分で、人狼に変身する?

「私が、自分の力で?」

「私は姉さんみたいに他の人を変身させることはできないけど、変身するコツと、変身させるコツ自体は両方知ってるから、変身の手助けならしてあげられるからね。既に何回も変身してる萌絵なら、人狼くらいなら自分で変身できるはずだよ」

 この仕事の手伝いを初めて、まだ芽衣ちゃんの手で変身させてもらうことしかしてこなかった私だけど、確かに二人の姉が自力で変身できるんだから、私も自力で変身出来たとしても不思議ではないんだけど。いや、変身できること自体が不思議ではあるんだけど。

「じゃ、じゃあ、挑戦してみる……!」

「よし。琉花ちゃんもよく見ててね」

「はい!」

 琉花ちゃんは私の方を興味津々でじっと見つめている。誰かに見られながら変身するのは、ちょっと恥ずかしいな。

「じゃあ、まずは座ったまま体の力を抜いて。まずは一つ質問。萌絵は、自分がオオカミになったらどんなオオカミだと思う?」

「えっ、……想像したことないから、急に言われても……」

「まぁ、そうだよね。じゃあ、そのイメージを引き出すところからだね。まずは、スマホを使っていいから、いくつかオオカミの写真や動画を見てみようか」

 私は言われた通りスマホを取り出して、琉花ちゃんと一緒に検索サイトとかでオオカミの写真や動画を見ていく。かっこよさと、かわいさ。猛々しさと気高さ。色々な魅力を併せ持ったその獣は、見ているだけで楽しい。けど、まだ自分がこれにそれるイメージはちょっとわかなかった。

「さて、一通りオオカミを見たところで。頭の中でオオカミの姿を思い浮かべてって言われたら、想像はできるようにはなったよね?」

「まぁ、多分」

「じゃあ同じように、自分の姿も思い浮かべることが出来るか、試してみようか。勿論、周りの鏡も見てもいい」

 私は、壁の鏡を見て自分の姿を改めて確認する。普通に座ってる、普通の女子中学生の姿だ。その自分の姿を、頭で思い浮かべるのは、難しくなかった。

「最後に、私の姿をよく観察して。そして、自分の姿と、オオカミの姿と、私の姿、順々に思い浮かべるのを何度か反復して練習してみること」

 人狼になった樹希ちゃんは、ゆっくりと体を動かしながら、私に体の細部を見せる様に、その場でゆっくりと回って見せた。それを見ながら、私は自分の姿、オオカミの姿、人狼の姿を、何度も頭で思い浮かべた。

「さて、第一段階はこんなところ。次に第二段階。ここからは、私の声をよく聞いて、私の言われた通りのことをしてみて」

 ここまでもずっと言われた通りだったと思うけど、私は小さく頷いた。

「もう一度、体の力を抜いて、息も深く吸って……吐いて……これから私が合図をするまで、私の目をじっと見て、合図の後にゆっくりと目をつぶる。いいね? まずは、私の目を見て。今からこの姿になるんだということを意識しながら、私の目を、じっと、じっと見て」

 私の顔を覗き込むように、人狼姿の樹希ちゃんが屈みながら私の目をじっと見つめてくる。その人狼の目を見返していると、そのきれいな瞳に、まるで意識が吸い込まれるような、ふわふわした感覚になっていく。瞳に映る私の姿も、ふわふわしているような、気がしてきた。でも、実際には別にまだ、私の姿は変わっていない。でも、姿は変わっていないはずなのに、既に体中に、「変化した時のあの感覚」が伝わるような、不思議な気持ちを感じていた。

「今、芽衣の体は、何にでもなれる準備が整っている。変身を見て、変身した姿を意識して、体中が、変身を受け入れる準備を整えている。ここでゆっくりと目をつぶって。目をつぶったまま、何も見えない中で、その見えない目線の先に、鏡をイメージする。その鏡には、当然自分の姿が映る。イメージして。鏡に映る、自分の姿」

 言われた通り、イメージを形作る。私の目線の先には鏡があって、その鏡に自分が映るイメージを作る。……うん、大丈夫。イメージできる。

「鏡がイメージ出来たら、イメージの中の自分の体を動かして、ちゃんと鏡の中の自分も同じ動きをすることをイメージする。しっかりと、イメージをしていく」

 イメージの中の、鏡の中の私は、私の動きに追従して、同じ動きをする。鏡が鏡であることを、しっかり理解して、しっかり意識をする。

「次に、目線を変えると、そこにも別の鏡があるのをイメージする。そしてその鏡には、オオカミが映るのをイメージして」

 イメージの中でもう一つの鏡を覗き込む。そこに映っていたのは、純白の獣。ふわふわの真っ白い毛で覆われた、一匹の巨大なオオカミだ。さっきまでスマホで見ていた動画や写真を見ていく中で、自然と形作られた、私の、理想のオオカミの姿だ。でも、鏡の中なのに、そのオオカミは私の動きにはついてこない。ただじっと、私を見返してくるだけだ。だって、それはそうだ。私はオオカミじゃないんだから。二本足で立つ私と、四本足で立つオオカミ。動きが連動するはずはない。

「オオカミは、まだ動かない。だから次は、鏡の中のオオカミと自分を、つなぐことを意識しよう。鏡は、真実を映している。オオカミは、自分の本当の姿。今、人間の姿をしている自分の方が、真実の姿をしていないから、鏡は動きを真似てくれない。鏡に映るオオカミの姿に集中して。鏡の中のオオカミは、二本足で立ってるか?」

「ううん……四本の足で、立って、私を見てる」

「オオカミと目線を合わせよう。イメージの中の自分に、オオカミと向かい合わせて、まずは同じ姿勢をとる。勿論足は難しいから、膝立ちでいい。顔と顔、手と前足。鏡の中のオオカミと、鏡合わせになるように」

 イメージの中で私は、オオカミの映る鏡のすぐ前で、手を地面につけて、顔をぐっと上げる。瞬間、鏡の中のオオカミと目が合った。息を呑んだ。この瞬間に、鏡を見ているという実感を、確かに感じた。そう気づいた瞬間、私の瞬きとオオカミの瞬きが重なったことに気が付いた。目を閉じた瞬間だから、確証はなかったけど、次に目を動かすと、鏡の中のオオカミの目も動き出して、それは確信に変わった。首を動かす。口を開ける。手を少しだけ地面から離す。私の動きに、鏡の中のオオカミが合わせてくれる。それはそうだ、鏡の中のオオカミは私なのだから。でも、私の姿はまだ、オオカミじゃない。

「オオカミと、自分のイメージが十分に重なったら、もう後はその姿を自分に反映させるだけ。じゃあ片手を上げて、ゆっくりと鏡に近づけていって。オオカミの前足と、手と手を合わせるように、ピタッと鏡に触れて」

 私が右手を上げると、オオカミが右前足を上げる。私たちは、ゆっくりと互いに鏡に手と前足を近づけて、ぴたりと重ね合わせる。私は、顔を上げてオオカミの顔を見た。不安な気持ちと、興奮する気持ちが重なり合った複雑な表情を浮かべるオオカミの顔は、まさに私の表情と同じだった。大丈夫。このオオカミは、私だ。私は、オオカミに、なれる。

 そう感じた瞬間、鏡に触れていた私の手からぶわっと何かが噴き出す。それは、真っ白で柔らかな獣の毛だった。何が起きたのか、すぐに分かった。鏡の中のオオカミが私であると、認識をしっかりできたから、イメージの中の私の体も、人間のモノからオオカミのそれへと書き換えられていってるんだ。変化は瞬く間に私の体を巡っていく。手は、前足に。腕、肩、背中、腰と次々白い毛が覆っていき、その形が鏡と同じ姿へと変わっていく。鼻先は伸び、牙が生え、耳は頭の上でピンと立つ。尻尾が生えて、後足でもしっかり体重を支える。変化が完全に終わった時、私と、鏡の中のオオカミの動きは、完全に一致するようになった。

 私が尻尾を揺らせば、鏡の中のオオカミも尻尾を揺らす。私がくるりとその場で回れば、鏡の中のオオカミもくるりと回る。このオオカミは、私だ。私は、狼なんだ――!

「はい、目を開けて!」

 樹希ちゃんの声を聞いて、私ははっとして、目を開く。瞬間息を吸い込んで、私は止まる。目の前にいたのは白いオオカミ、じゃなく、茶色い毛の人狼だ。ゆっくりと息を吐きだしながら、自分の手を見る。人間の手だ。オオカミの前足じゃない。私は、狼にはなっていない。イメージの中で、自分の姿がオオカミになるのをイメージしただけだった。でも、イメージはできた。私が、オオカミになる、そのイメージが。

「樹希ちゃん、私」

「なれただろ、オオカミ。イメージが出来れば、あとは難しくない。今、イメージの中でやったことを、今度は現実の自分でやるだけ。鏡の例えは、イメージを作りやすい方法としてやっただけだから、自分のやりやすいやり方を考えて、自分でやってみてもいい」

「うん、分かった。やってみる」

 まだ、体の中に、あの白いオオカミがいる感覚がある。あのオオカミは私だ。鏡は真実を映すから、鏡にオオカミの姿が映っただけで、鏡は私にとってのトリガーじゃない。樹希ちゃんが、イメージしやすいように言ってくれただけだ。変身に鏡は必要ない。

 大事なことは、なりたい姿をしっかりと思い浮かべること。その姿が自分の姿であるということをしっかり意識すること。それが出来れば、私は、何にでもなれる。

 私は立ち上がり、壁の鏡を見て、自分の姿をしっかり確認する。次に樹希ちゃんの方を見て、人狼の姿をしっかり確認する。そこに、自分の中のオオカミを重ね合わせる。純白の毛を持った、かっこよくてかわいい、力強い人狼に、私はなる。

 深く息を吸い込んで、吐き出す。体を、小さくゆする。さっき、イメージの中の私に浸透した、私の中のオオカミを、私の体の奥から呼び覚ます。でも、その姿の反映先は、イメージの中の私じゃない。そして、完全なオオカミではなく、二本の足で立つ、人狼の姿だ。純白の人狼を頭に思い浮かべて、その姿を、そのまま私の体に、移す。

 次の瞬間、自分の体がピクリと反応した感覚があった。この変化の感覚は、ダチョウになった時にも、立方体になった時にも感じている、変化の兆しだ。その感覚をしっかり、手全体に、そして指先に押し出すイメージを作る。果たして、変化は私の手にしっかり現れる。私の指先から鋭い爪が生え、手の甲にはイメージの中で見たあのオオカミと同じ、純白の獣の毛が生え始めた。

「やっ……!」

「そのまま集中して!」

「あ、うん!」

 自分で変化を始められた嬉しさから、思わず喜んでしまい、私の変化は途切れてしまった。私の両手は、人狼の爪は生え、獣の毛も生えてはいるけど、完全には生えそろっていない、中途半端な手のままになってしまっていた。

 もう一度意識を集中させて、今度は、完全に人狼になりきるまで意識を途切れさせないようにしなきゃ。

 再び変化を意識した私は、もう一度、変化の感覚を体に行きわたらせる。まずは、中途半端なままの手に意識を向けて、もう一度人狼の手を、自分の体にしっかり反映させていく。ピクリ、と手が反応した直後、再び私の手から白い毛が生えていき、今度こそ完全に手が毛で覆われる。

「んっ……!」

 そのまま白い毛は私の腕を覆っていき、私の肌を塗り替えていく。私の体が、人間の体が徐々に、オオカミで塗り替えられていく。体は引き締まり、けれどその大きさは一回り、そして二回りと大きくなっていく。

 はぁ、と吐いた息は、喉に到達した変化が押し出したものだ。私は首を上げ、変化を顔へ、頭へと押し上げていく。下に触れる歯が、鋭くとがっているのが分かる。鼻先が、まるで何かに掴まれているかのように、そして体の内から溢れる何かに押し出されるように、前へと突き出す感覚も分かる。私の顔が、私の顔じゃなくなっていく。あのイメージの鏡で見た、あのオオカミの顔へと変化していく。

 変化は上半身だけじゃなく、下半身にも伝わっていく。鼻先を押し出した力は、同じように私の体から尻尾を押し出していく。ふさふさとした尻尾の、確かな重みが、私が人間でなくなっていくのだという実感を知らせてくれる。変化が足先に到達するとき、私は無意識のうちにやや前傾姿勢になって、体の重心をやや前へと移す。伸びたかかとが地面から離れたことで、バランスを崩さないようにするために。

「ハァっ、ハァッ……」

 自力での変身には、体力を使うのだということを今、私は初めて知った。体が疲れている感じがする。だけど、疲れているのに、不思議と爽快だ。私は、ゆっくりと目を開き、目の前の鏡を見る。

 この鏡は、イメージで作ったものじゃない。本物の、スタジオの鏡だ。そこに映っていたのは、二本の足で立つ、人間の私よりも大きな体のオオカミだ。樹希ちゃんの人狼姿にちょっと似てるけど、その体は樹希ちゃんより少しだけ小さくて、顔もどこか幼い気もする。美しい純白の毛。鋭い爪と牙。パッと見てもどこにも私の面影はなくて、それが自分であるという実感は、すぐには湧かない。

 でも、理解と喜びはすぐにやってきた。私が動けば、鏡の中の人狼も動く。この人狼は、本当に私なんだ。私は本当に人狼なんだ! そう理解したのとほぼ同時に気づいたのは、鏡の中の人狼の表情だった。鏡の中の人狼は、変身出来た喜びを隠せず、その高揚感で笑みが漏れている。そしてその姿を、鏡越しにみんなが見ていることも見えている。ちょっと恥ずかしいけど、でも、気持ちを隠すことなんてできやしなかった。私はみんなの方を振り返る。

「でき、できた! なれたよ、私!」

 その声は、私の声とそっくりだけど、やっぱりちょっとだけ低くて、ちょっとだけくぐもってる感じがした。声まで違うと、いよいよ私だった部分ってどこにもないんだなという気持ちが、嬉しくもあり、寂しくもあり。

「な、できただろ?」

「すごい萌絵ちゃん! かわいい! かっこいい!」

 琉花ちゃんは私に駆け寄ってくる。けど、すぐそばに来た琉花ちゃんを私は見下ろす形になった。さっきまで身長がほぼ同じだったのに、今は私の方がずっと大きくなっちゃったから、変な感じだ。といっても、前に会った時も私はダチョウの姿だったから、なんだかんだ私は、琉花ちゃんと会っているときは、琉花ちゃんより大きい時間の方が長いんだなーと思ったり。

「ねぇ、嫌じゃなかったら、もふってもいい?」

「え、あ、うーん……いい、けど」

「じゃ、じゃあ、いくね?」

 琉花ちゃんは腕を広げて、私の胸元にぽふっと飛び込んでくる。

「柔らかい、萌絵ちゃんの優しい匂いがする」

「えっ、匂うかな? 何か自分では、分からないけど」

 自分の匂いは案外自分で分からないこともあるっていうのは、人狼になっても変わらないのかもしれない。

「すごいな、変身をやっぱりこの目で見ると、すごくいいなー」

「いいだろ、琉花ちゃん。なりたくなっただろ?」

「はい!」

 琉花ちゃんは私から顔を上げて、元気よく返事をした。……ん? 琉花ちゃんに、なりたくなったかどうかを聞くって、それって……?

「じゃあ、琉花ちゃんは私が、変身させてあげるね」

「えっ、待って! えっ、琉花ちゃんが、変身!?」

「なんだ、萌絵にちゃんと言ってなかったのか。琉花ちゃんも、うちと同じ体質なんだよ」

「え……えっ……えええぇぇぇっっっ!?」

 私は人狼の顔で、目を白黒させてしまう。今を時めく人気のアイドルが、私と同じ、変身体質!?

「あ、変身に興味があるって、え、そういう意味!? 見たいってだけじゃなくて、自分が、なりたいって意味で!?」

「そうなんです! 辺見家も元々変身できる体質の家系だったはずなんですけど、うちは変身できる人間が残ってなくて……体質的には受け継がれているはずなので、本業の変演俳優さんなら、私の変身体質を呼び覚ましてくれるかなって。私がデビューしてすぐに、ミュージックビデオの現場で芽衣ちゃんと知り合って、そこから何度か相談させてもらってたんです」

「本当は、もっと前から願いを叶えてあげたかったんだけど、琉花ちゃんもデビュー直後は仕事が忙しかったし、変身させるのも、できれば心身のことを考えると、中学二年生ぐらいが始めるのにちょうどいいから、我慢してもらってたんだよね」

「で、今日がいよいよ念願叶うってことなんです!」

 琉花ちゃんの、変身への真っ直ぐな瞳の理由が分かった。自分の体質のことを知って、本当に変身に、一途に憧れていたんだ。

「私の方で色々調べてみてね、辺見家の家系は、体質的に自力で変身するのは苦手そうだけど、私が変身させてあげる分には、川里家と同様問題なさそうだから。琉花ちゃんの事務所さんとも調整して今日を迎えたってわけ」

 樹希ちゃんの変身も、私の変身も、琉花ちゃんは真剣に見ていたけど、あれはこれから自分が変身するんだっていう憧れと緊張感だったのかもしれない。

「じゃあ、琉花ちゃん。もう一度座って。今から変身させるからね」

「はい!」

 芽衣ちゃんに言われて、琉花ちゃんは椅子に座る。今から、願いが叶うからか、その表情は笑みが漏れている。

「萌絵も、姉さんが変身させるところ見ておくといい。参考になるかもしれないからね」

「あ、うん」

 そういえば、今まで私は芽衣ちゃんに変身させてもらってたし、樹希ちゃんは自力で変身できるから、芽衣ちゃんが私以外の誰かを変身させるのは初めて見るな。私もちょっとドキドキしてきた。

「じゃあ、力を抜いてねー。体に順番に触れていくからね。ちょっとくすぐったいけど我慢してね」

 芽衣ちゃんはそう言うと、琉花ちゃんの体をゆっくりと揉み始めていく。琉花ちゃんは、ちょっとだけ緊張しているみたいだけど、徐々に落ち着いた表情になっていく。

「今日、私の予定が合ってよかったよ」

 待っている間、茶色い人狼が私に小さな声で語りかけてきた。

「姉さん、最初お前と琉花ちゃんのこと、板とか球体とかに変えようとしてたみたいだからな」

「……本当に樹希ちゃんがいてくれてよかったよ」

 意味が分かるし怖い話が聞けたところで、琉花ちゃんの体に変化の兆しが見えた。はっきりと何かが違う、と分かるわけじゃないんだけど、琉花ちゃんの体の張りというか、つやというか、それが元よりも少し違って見える。多分、これが、体が変化しやすくなっているって状態なんだろう。客観的に見て初めて、何が起きてるのか分かる。

「じゃあ、これから変えていくからね」

 芽衣ちゃんがそう言って、琉花ちゃんの足に触れる。すると、まるで粘土のように琉花ちゃんの足はかかとが伸びていき、さらには指先から爪が突き出す。芽衣ちゃんが足をなでると、そこから黄金色の毛がぶわっと噴出していく。みるみる間に、それは人狼の足へと変化していった。

「私の足が……!」

「さぁ、どんどん変えていくからね」

 その言葉通り、芽衣ちゃんの手は、琉花ちゃんの体をどんどん変えていく。黄金色の毛は体を次々覆っていく。お尻からは大きな尻尾が生える。琉花ちゃんの体もまた、徐々に大きく、たくましくなっていく。琉花ちゃんも、普段ダンスをやっているせいか、見た目のわりに意外と筋肉はしっかりしていて、それは人狼になった時の体格にも表れていた。

 変化は腕へと伝わり、手も完全に人狼のモノへと変化し、そしてついに顔まで変わっていく。萌絵ちゃんの手が、琉花ちゃんの顔の肉を、骨を動かしていく。かわいらしいアイドルの顔が、整った人間の少女の顔が、強く、たくましく、気高い狼の顔へと、作り変えられていく。鋭い牙、突き出した鼻、長い舌そのどれを見ても、琉花ちゃんの面影のないものへと変わっていく。

「はい、完成! 立ってみて」

「は、はい……!」

 やはり、ちょっと低い声で答えた黄金色の人狼は不安そうに眼を開けて、すっと立ち上がる。そして、鏡と向き合う。その感情がどういうものなのか、わかりやすかった。黄金色の人狼の尻尾が、激しく揺れていたのだから。

「すごい……すごい、すごい! 私、私、本当に!」

 黄金の人狼は、自分の体を確認するように、鏡を見て、自分を見て、鏡を見て、自分を見てを繰り返した。二本足で立つ黄金色のオオカミを見て、まさかこれが人気アイドルだとはだれも思わないだろうけど、その仕草や愛くるしさは、面影が一切ないはずなのに不思議と琉花ちゃんそのものだから、何だか妙にかわいさが増していた。

「萌絵ちゃん! お揃い! 私たち、人狼でお揃いだよ!」

 黄金の人狼は私のそばへと駆け寄ってくる。二人とも人狼になったことで、私たちの背丈はまた同じくらいになっている。すぐ間近で、鼻がついちゃうんじゃないかって距離で相手を見ると、面影がないのに、それでもやっぱり顔には個性があって、樹希ちゃんも、私も、琉花ちゃんも、それぞれがそれぞれらしい顔立ちのオオカミになっているのは面白かった。

「琉花ちゃんの姿も、かっこいいしかわいいと思う」

「えへへ、ありがと!」

 あどけない表情で微笑む黄金の人狼を見て、私は思わずきゅんとしてしまった。ある意味、アイドルがアイドルたるゆえんを見せつけられた気もした。

「はい、じゃあこれで四匹の人狼勢ぞろいってことで」

 私と琉花ちゃんがはしゃいでいると、突然ぬっと大きな、灰色の人狼が現れてびっくりした。でも声ですぐ分かった。芽衣ちゃんだ。一体いつの間に変身したんだろう……。

 こうして、さっきまで四人の女の子がいたこのスタジオに、今は四匹の人狼が立っている。

「さすがに、四匹揃うと圧巻だねー」

「今まで、私と姉さん二人っきりだったから、急に賑やかになったな」

「なんか、全員違う姿になると変な感じ……でも、これはこれで、楽しいかも」

「あの、ダメじゃなければ、写真とか撮りません? 折角、揃ったんですから!」

 琉花ちゃんの提案で、私たちは四匹揃って写真を撮ることにした。

「よくさ、創業写真みたいなのあるじゃん」

「あぁ、あの、創業当時の社員が集まって写真撮ってるやつ?」

「あれみたいだし、ある意味似たようなもんだよな」

「私一人で始めた仕事が、妹に、アイドルの友達に、仲間が増えて……何だか楽しくなりそうだね」

 そういう灰色人狼――芽衣ちゃんの表情は嬉しそうだった。こう見えて、変身体質という特別な体のことを、長い間一人で抱えて、本人なりにもしかしたら寂しさもあったのかもしれない。でも、今は、こうして四人も人狼になっている。

「じゃあ、これからもっと変演の仕事で盛り上げていくために、変身を楽しんでいかなきゃね!」

 芽衣ちゃん言葉に、私たちは頷いた。

 こうして、私たち川里三姉妹と、ちょこちょこ遊びに来るアイドル一人、改め四匹の人狼で、新たな川里プロの門出を、祝ったのだった。

 この時撮った写真は印刷して、プロダクションにずっと飾ることになるし、この日はこの後さらに普通のオオカミになったりしたし、この日琉花ちゃんはひっそり大きな決断をしたり色々あったけど。

 それはまた、別の話。

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この小説を書いた人

宮尾武利

ATRIダイレクター。獣化作家。

「獣化がまだ好きではない人に獣化を好きになってもらうため、獣化を好きな人にもっと獣化を好きになってもらうため」をモットーに、獣化について様々なアプローチを試みている。

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