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遠吠えが聞こえたら

2023/06/03


中学二年生の少女、蒼(あお)は、「自分は人間ではなく狼ではないか」という漠然とした感覚を抱いていた。そしてそれと同時に、クラスメイトの紅(べに)のことも、自分と同じ狼ではないかと感じていた。

打ち解けて親友となった二人だったが、突然の紅の失踪をきっかけに、蒼は自らの「狼」と向き合うことになる。

 ――自分は人間ではなく、実は狼なんじゃないのか。

 私がそんな漠然とした理解に囚われるようになったのは、小学校六年生の頃だった。いや、あるいはもっと前から、もっと小さい頃から、「あぁ、自分はどこか、周りのみんなと違うなぁ」と感じていたのだけれども、それが何なのか、どういう感情なのか、幼い自分には推し量ることが出来ずにいただけだったのだと思う。

 けど、小学校で年長になって、ある程度物事を知って、周りのことがわかるようになって、そうするとある日突然、本当に何の脈絡もなく、「自分は人間ではない」「自分は狼だ」ということが、感覚的に「わかった」瞬間があった。

 勿論、ここでいう「狼」は比喩じゃない。ネコ目イヌ科イヌ属の哺乳動物のことだ。一匹狼を気取っているとか、殺し屋稼業のことを狼と呼んでいるとか、そういうのでは全くない。本当に自分が、自分の正体が、人間ではなく動物の狼なんじゃないか、そう理解したということだ。

 でも、小学校の年長ぐらいの頃にはある程度物事を知って、となれば「動物が人間になったり、人間が動物になるなんてお伽噺かアニメーションの話」なのだということも、当然既に分かってしまっているわけで。

 つまりそれは、現実にはあり得ないことを、現実として受け入れている矛盾を抱え込んでしまったことになり、それは結果的に私の思春期の始まりと共に凝縮され、中学二年生となった今でも燻り続けていた。

 言ってしまえば、「中二病」なのかもしれない。

 そう考えてみれば、周りにも中学生になって「設定」を持った同級生はちらほらいる。だから、私のこの「自分は狼だ」という感覚も、所詮は思春期の見せる幻覚なのかもしれない。その程度のことと自分で割り切ってさえしまえば、この感覚とうまく付き合っていける、気に留めることでもないと思っていた。中学一年生までは。

 でも、私は出会ってしまった。それは「自分が狼だから」なのか、はたまた思春期特有のものなのか、それが具体的にどういうことなのかは分からないし、何の根拠もないのだけれども、私には「同類をかぎ分ける嗅覚」があった。と、後々自分でそう理解した。

 二年生に進学し、クラス替えになり、同じクラスになった女子の一人、伊澤 紅(べに)と出会った時、私はとっさに嗅ぎ取った。「あぁ、狼の匂いだ」と。

 一年生の時から、なんとなくこの学校に「自分以外の狼がいるのでは」と感じていたけれど、それがなぜそう思ったのかはわからなかったし、誰なのかも想像がつかなかった。でも同じクラスになって、近くで匂いを嗅いで、私は確信したのだった。

 紅は女子バスケ部に入っていて、合唱部だった私とは人柄も、普段つるんでる友達グループもタイプが違ったけれど、出席番号が1つ違いで(ちなみに私の名前は藍沢 蒼(あお)でお互い色の名前なのもシンパシーを生んだ理由の一つだった)、お互い共通の趣味も有って、不思議と私たちはすぐに意気投合した。

「『アイザワイザワ』ってお笑いコンビいそう」

「いそう、わかる」

 休み時間や放課後に、家や、近所の公園や神社に集まっては、好きなお笑い芸人の話だったり、アーティストの話だったり、昨日見たテレビ番組の話だったり、そういう他愛のない話をして、私たちは日々親交を深めていった。少なくても、私の表層上の心理は、そういう風に捉えていた。

 だけども私の心の底には常に、紅に対していつ「狼」の話を切り出そうかという思いが渦巻いていた。

 でも、「紅ってもしかして狼?」なんて、どストレートに聞こうものなら、確実に頭のおかしい人扱いされてしまう。紅も私と同じ「自分は狼だ」と信じている人間であるという確証はどこにもない。少なくとも私は「そう嗅ぎ取った」けど、所詮は「そう感じた」と言うだけの話であって、何処にも明確な証拠はない。

 だから、結局その話は切り出せないまま、私たちはごく普通の中学二年生の女子として、ごく普通の一学期を送り、気づけばあっという間に学期末。夏休みを間近に控えていた。

 そんなある週末だった。友人になって4か月目にして、私たちは初めて紅の家に泊まることになった。

 紅の両親は共働きで、お父さんは仕事で出張しているらしく、お母さんも夜の仕事に出ているらしい。つまり、その日の夜に紅の家にいるのは、私たち二人だけということになった。あるいは紅は、だからこそ私を家に誘ったのかもしれないし、紅の両親もうちの両親も、子供たち二人だけで家にいることに、強い抵抗を示さなかった。そういう時期も必要なのだろうと思ってくれていたのだとも思う。

「ちょっと散らかってるけど」

 そう言って通された紅の部屋は割と片付いていて、でも確かに言うように机の上は教科書と、漫画本が置いてあって、ゲームのコントローラーもベッドの上に置きっぱなしで、ちょっとだけ、生活感が出ていた。そして意外と、と言ってしまっては失礼だけど、大きな本棚がいくつもあって、本がびっしり並んでいた。そこだけ、体育会系な紅のイメージとは、ちょっと違った印象があった。

 けれど、私は何より、ついつい性で、入るなり紅の部屋の匂いを嗅いでしまっていた。それはごく普通の女子中学生の生活臭だったけど、でもそれでもどこか、狼の匂いのようなものが混じっているような、そうでもないような、今一つ確証を持てないけど、やっぱり紅は狼なんじゃないかという疑念が私の頭をかすめた。

 まぁ、とは言っても本当の狼の匂いなんて、正直なところ知らないんだけど。

「紅は、こういう親のいないお泊り会って、過去もやったの?」

「やったよ、去年二回くらいかな。あでも、二人っきりは初めてかも」

 そう、別に私は今日、紅が狼かどうか確かに来たわけじゃない。ただ普通に、友達の家にお泊り会を楽しみに来ただけだ。

 私たちは昼間っから持ち寄ったお菓子を食べながら、ゲームしたり、DVDを見たり、ただただごく普通の楽しい時間を過ごした。そして夜になり、紅のお母さんが晩ごはんを用意してくれた後仕事に出かけると、家の中には私たち二人だけになった。

 晩ごはんを食べて、お風呂にも入って、さぁこれからが楽しい夜だぞ、夜更かししちゃうぞと思ったその時だった。不意に紅が黙り込んで、何か物思いにふけっているような仕草を見せたので、私は何となく「どうしたの?」と問いかけた?

「うん、いや別に、大したことじゃないんだけどさ」

「うん」

「蒼、ってさ。何か隠し事とか、悩み抱えてたりとかってある?」

 急な質問に、私は戸惑った。ちょっと予想していなかった言葉だったので不意を突かれたのもあった。

「どうしたの、急に」

「うん、いや、うん。何ってわけじゃないんだけど」

「いやそれ、紅こそ何か悩みとかあるパターンじゃないの? そういうの急に言い出すのって」

 あまり他人から相談事とかされるタイプじゃなかったから、気の回し方がよくわからなかったけど、でも考えてみれば、わざわざ自分の親が夜にはいなくなることを分かっていて、二人きりになれる時間をわざわざ作ったってことは、紅の方が何か悩みを話したくて呼んだんじゃないかって、そういう風に考えることは私にもできた。

「悩みがあるとか、そういうのじゃないんだけどさ、こう、なんて言うんだろう。ずっとつっかえてるものがあるっていうか、うまく言えないんだけどさ」

「うん」

「……いや、じゃあ聞くけどさ。蒼って、狼のこと、どう思う?」

「……え?」

 唐突な質問に、私は固まってしまった。なぜ急に、そんなことを言い出したんだろうと理解できず、私はあっさりパニックに陥った。それを切り出したかったのは私の方だったし、でも今日は普通にわいわい遊んで過ごすつもりだったから、気持ちが、それ用のモードになっていなかったというか。兎に角、パニックに陥った。

「狼。知らなくはないでしょ」

「え、あ、うん。昔ばなしとかで出てくるよね」

「昔ばなしの狼ってさ、まぁ海外、というかヨーロッパの文化的なアレもあって、悪者になってること多いじゃん? でも、実際の狼ってそういうのじゃないわけでさ。だから、でも一般的なイメージって引きずられているっていうか、どう思われて、いやどう思って? いや、あれ? ま、そうだな……うん、私、何が聞きたいんだっけ?」

「いやそれは知らない」

「だよね、あれ? 何の話だっけ? 狼? そう狼、で、うーん」

 聞いてる紅本人も、何だか混乱してるみたいだった。その紅の混乱を見て、私の混乱にも拍車がかかり、私はつい、ふと、自然に、不意に、その時は自分でも言うつもりがなかったあの言葉が、うっかり口をついてしまった。

「紅ってもしかして狼?」

「……」

「……」

「……え?」

「え? あ? え? 私今、何か聞いた?」

 紅は、こくりと小さくうなずいた。

 やってしまった。何を聞いてるんだ私は。

「いやごめん、なんか狼の話しだして狼側みたいな口ぶりでなんか言ってるからなんだろうなーと思ってなんかそうなのかな、いや何がそうなのかな? 何がそうなのかよくわからないというか、もし私が今何かを問いかけたようなそぶりをしてたとして、紅に私はどう答えられてたか? 的な? いやごめん私も何言ってるんだろ、待って日本語がわかんないな、あれ?」

「狼だったら?」

「え?」

「私が、狼だったら、どうする?」

 紅は、少し俯きながら、静かに、だけど少し強い口調で、私にそう問いかけてきた。

 紅が、狼だったら? 私がどうするか? どうするって、どういう意味で何を問われているんだろう? 私はいよいよ本当に紅が言っていることも、自分が言いたいことも、分からなくなっていた。

「どうする、って……あぁ、やっぱり、そうだったんだなって」

「やっぱり?」

「え? あぁいや、その、匂いが」

「匂い?」

「あ、いや……うん、匂いが。狼の匂いなのかなっ、て」

 私はついに、言ってしまったなと思った。自分で自分に、うわ本当に言ったよこいつって思った。でもそれに対する紅の答えは、ある意味では予想通りだったし、ある意味では予想外でもあった。今それを、言ってくるとは思わなかった。

「そう、だよね。やっぱりわかるよね。お互いの、匂い。……狼同士」

「……狼、同士」

「うん、私も……蒼のこと、狼なんじゃないかなって思ってたから」

 そりゃあそうだと言えば、そうなのかもしれない。もし私が狼で、紅も狼なのだとして、私が紅のことを匂いで狼なのかもしれないと思っていたのだとしたら、紅だって私のことを狼だと思っていたとしても何の不思議もない。ないけど。

 私はにわかに、不安な感情が胸に押し寄せていた。何かこう、越えてはいけない一線を越えてしまったような、今まさに、後戻りできないどこかに足を踏み入れようとしているんじゃないかって、そんな感じがした。

「蒼ってさ、きれいな声してるよね」

「……へっ?」

 急に脈絡のない紅の言葉に、私は思わず変な声で反応してしまった。きれいな声、って言ってもらった矢先なのに。

「一年生の時のさ、合唱発表会有ったじゃん?」

「あ、うん」

「蒼のクラスさ、何だっけ、あのー、『これーぞちゃらーらちゃらーら』ってやつ」

「『流浪の民』ね」

「うん、あれほら、ソロパート歌ってたじゃん、蒼」

「あぁうん、歌ってた」

 『流浪の民』は定番の合唱曲の一つで、この曲には合唱の場合は独唱パートもあって。去年の合唱発表会ではそのソプラノパートを合唱部に入っていた私が任されて歌ったわけで。

「あれ、ちょっと話題になったじゃん」

「まぁ、うん。優勝もうちだったし」

「で、あの時初めて思ったんだよね。きれいな声の子がいるなって」

「……へ?」

「蒼の歌声。透き通っててさ。あ、好きな声だって。その時思ったわけ。で、二年で同じクラスで席近かったわけじゃん? テンションはプチ上がったよね」

「プチかい」

「うん、だってさ、それよりも何よりも。気になってた蒼から、狼の匂いがしたんだから。そっちの方で、ぶち上がりだよ」

 紅は、そう言って屈託のない笑顔を見せた。あぁ、そうか。紅も、ずっと私に言いたかったんだ。狼の話を。最初に会った時から、ずっと。

「だからさ、いつ聞こうかって、狼の話。いつしようかなって、ずっと思ってて」

 紅は、髪を掻き上げながら私から視線をそらした。

「でも、今日話をして、改めて蒼の匂いを嗅いだり、目を見たりして、多分分かった。多分、私の方が先なのかもしれないなって」

「先? 何が?」

「そう言うってことは、そうだよ。私は分かった。蒼はまだ、分かっていない」

 そういう紅の横顔は、何故だか達観して大人びているようにも見えたし、聞き分けのない子供のようにも見えた。私は、紅のことが分からなくなっていた。そして、自分のことも。

「蒼はさ、結局どこかで信じ切れていないし、どこかで恐れているんだよ。自分が狼だってこと」

「私が?」

 紅の言ったその予測に、私は驚いたし、戸惑った。確かにそうだ。私は、「動物が人間になったり、人間が動物になるなんてお伽噺かアニメーションの話」ということを、受け入れてしまっている。受け入れてしまっているのに、「自分が狼だ」と理解をしてしまった、その矛盾に私はずっと苛まれていた。そしてもし本当に、お伽噺などではなく、人間が狼になってしまうことが本当にあるのだとしたら、もし誰かの目の前で自分が狼に変身してしまったりしたらどうなってしまうのか、想像するのを避けてきたのは事実だった。

 そのことを悟られまいと、私はなるべく平静を装って、取り繕う。

「そうかな、そんなことはないと思うけど」

「そうだったら、嬉しいなって私も思ってるよ、蒼」

「……紅、何を考えているの?」

「例えばさ、蒼が狼になっても、私多分、匂いだけじゃなく、鳴き声で、遠吠えで、蒼のこと見つけられると思うんだよね。それぐらいには、私、蒼の声好きなんだよ」

「またそうやって」

「でも、そういうことだよ、考えてること。狼のことばっか。自分が狼になったら、蒼が狼になったら、どんなんかなって。最近はずっとそう。ずっと想像してる。まぁ想像っていう言い方も、変だよね。実際狼なんだから」

 紅は、楽しそうに語る。

「狼になった私はね、四肢で地を蹴り、風を割いて野山を駆け巡るんだ。草花の匂い、前の夜の雨の匂い、土のにおい、あぁそうだ、これが、私なんだなって。生きているって、感じるんだ。そういう瞬間にさ。そういう瞬間に、そばに誰もいなくて、そうか一人なんだなって思ったら、寂しくなっちゃうからさ。だからきっと、きっとだから、私は蒼と出会ったんだと思う」

 一通り喋り切った紅は、きょとんとした顔を浮かべる私を見て、思わず吹き出して笑った。

「まぁ、そうなるよね。でも、うん。なんだか喋ってすっきりした」

「う、うん。うん?」

「なんて言うかさ、ずっと溜まっていたものが有ったって言うか、引っかかっていたっていうか、自分でもうまく言葉にできないんだけどさ。でも、自分が狼だってことと、じゃあ今の自分とどう折り合い付けるのって、よくわからなくってさ」

 それは、私の抱えている悩みとも似ていたものだなと感じた。でも、どこか違うようにも感じた。紅のそれは、もう一歩先に行っているような、そんな気がした。

「でも、自分なりに納得した。何か答えが見つかった気がした。それで今日は十分かな」

「ちょ、勝手に納得して、勝手に満足されても困るって、どういう意味」

「じゃあさ、例えばこの街のこと、蒼はどれだけ知ってる?」

「……え?」

「私は、狼のことがいろいろ知りたい。自分のことがもっと知りたい。蒼のことも、もっともっと。そうしたら、街のことも、この世界のことも、もっと知らなきゃねって思って。そうしていろいろ知って、考えて、今日いろいろ話してみて。そうしたら、自分も、蒼も、狼だったって、確証持てたし、ちょっとぐらい、私は待てるなって、自信も持てた。そういうこと」

「いやだから、全然わからないって」

「喋って喉乾いちゃった、飲み物取ってくるね」

 楽しそうに、だけども強引に話をぶった切り、紅は部屋の外へ一旦出ていってしまった。その時の紅の狼の匂いは、何だか今までよりも強くなっているように感じた。

 そして私は、ふと部屋の中をもう一度見た。漫画やゲーム、本棚の本。多分大部分は紅が単純に好きなものだろう。けど、よくよく見れば、神話や童話の本や、狼が出てくる漫画やゲーム、人間が動物になる絵本がちらほら見受けられるし、街の歴史の本もいくつかあった。

 それを見て私は初めて気づいた。紅は多分、自分が狼であることに、しっかり向き合ってきたんだってことを。私と違って、自分が狼であることを、しっかり受け入れていることを。

 紅の言うとおり、紅は私よりも何歩か先を歩いているような感じがした。それは今この瞬間だけじゃなく、今までもそうだった。何処か大人びていて、何処か達観していて、でも、普段はそれを感じさせないような馬鹿話をしていて。でも、今日の紅はいつも以上に、明らかに様子が違って見えた。私は、その不安感や違和感をうまく言葉に出来ず、そのあとちゃんと笑えていたかは、覚えていない。

 この後結局、飲み物を持って戻ってきた紅とは、それ以降狼の話をすることはなかった。ごく普通の馬鹿話とかをして、テレビを見ながら夜更かしして、いつの間にか疲れて寝ちゃって。そして朝起きたら自分の家に帰って、翌日からはまた普通の学校生活に戻って。紅とも、今まで通り普段通り、何も変わらない友人として、学校で戯れて。そのことにちょっとした違和感と不安感を抱きつつ、日々はあっという間に過ぎて。

 そしていよいよ夏休みに突入した、その最初の土曜日。伊澤 紅は失踪した。


 私が紅の失踪を知ったのはその日の夜、紅のお母さんからうちのお母さんに電話がかかってきたときのことだった。厳密に言えば、その時点で紅が失踪したのかは分かっておらず、紅のお母さんがうちに来ていないか訪ねてきたのだったけど、私はその時、お泊り会をした時の紅の様子や言葉から、私はすぐに理解をした。

 紅は、狼になって家を出たのだと。

 でも私のその考えは誰にも話さなかった。お母さんから心当たりを聞かれても、分からないとだけ答えた。紅は、私以外の友達は、どちらかと言うとちょっとやんちゃな友達も多かった。だから最初、いなくなった直後は何か事件にでも巻き込まれたんじゃないかと心配していたけど、そういった友達も、何かを隠してる様子もなくただただ紅のことを心配していることを知って、どうもそういう話ではないらしいということになり始め、だとすれば一体どうしたのかと、誰もが首を傾げていた。

 だから私だけが、多分紅のいなくなった理由を知っていた。いや、私も「知っている」とは言い難いかもしれない。ただ、紅が狼であることを「信じている」のは私だけだ。

 私は紅の家を訪れようとしたけれど、お母さんに止められた。私なら、紅の匂いがわかるから、手掛かりも見つけられるかもしれない、そう話をして説得しようとしかけたけれど、結局そうはしなかった。

 多分私には、それは出来ない。鼻はいい方だとは思う。多分、普通の人間よりもずっとずっと。でも、私は狼であって狼でない。狼の嗅覚が優れているのは、あの鼻があってのこと。私は、今は人間だ。この体はあくまで人間の体だ。犬のように、幽かなにおいを辿って紅を探すなんて芸当は、できはしないんだ。

 それに私は紅が醸す、あの狼の匂いを嗅ぎ取っているのであって、本当の、紅の匂いをどれだけ嗅ぎ分けることが出来るかなんて、自信がなかった。

 勿論覚えていないわけじゃない。紅の匂いは、完璧に覚えている。でも、紅が狼になっているのだとしたら。狼としての紅の匂いなんてわかりはしない。ような気がする。

 そんなことを考えている自分に対して、紅を探さない言い訳を考えているようで、だんだん自分に腹が立ってきた私は、気づいた時には荷物をまとめて家を出ていた。紅失踪から、二日目の朝だった。

 一応、自分の部屋に「紅を探してきます」みたいなことを書いた手紙は置いてきたけど、両親には会わずに出てきてしまった。面と向かって言えば、百パーセント止められることが分かっていた。

 そして、なけなしのお小遣いでいろいろと食糧とかを買って、探す準備を整えて、いざ出発。とはいったものの。すぐに私は途方に暮れることになる。

 手掛かりは勿論ほぼゼロ。どっちへ行ったのかなんて、まるでわかりはしない。当てずっぽうすらできない状況だった。

 とはいえどこかは探しに行かなきゃいけないし、時間が経てば今度は、私がいなくなったことに両親が気づいて、探しに来始める。その前に拠点はどこかに構えなきゃいけないと思った。

 そして、それはきっと紅も同じだったのだろうと思う。

 紅がわざわざ遠くを目指す理由は思いつかなかった。のであれば、紅はそう遠くには行っていない。ような気はした。

 そしてお泊り会の時に「狼になったら野山を駆け巡りたい」みたいなことを言っていたことを思い出した私は、とりあえずこの街の中心部にある山へと向かった。身を隠すなら、人のいないところの方がいいのは、当然でもあるとも思った。

 標高五百メートルちょっとくらいのその山は、この街の観光名所の一つで、夏は登山、冬はスキーで賑わっている。この街で暮らす私たちにとってもなじみのある山だ。

 まぁ、山に囲まれた街だから、この山以外にも山の候補なんていくらでもあるんだけれども、普通に考えて一番近くて、一番馴染のある山に、紅なら来るだろうと踏んだ。というか、もし一晩の間に、十キロも離れた、より標高の高い他の山々を目指されていたら、お手上げだ。人間の私じゃ、どうすることもできない。でも、この山の中ならもしかしたら、紅を見つけ出せるんじゃないか、そう思っていた。

 人間の私じゃ、狼の紅を探せない。

 それが頭をかすめる。分かってる。もうすっかり日も暮れた山の中で、私は改めてふと冷静になってその事実をつい自分で自分に突き付けてしまう。でも分かっていても、探しに来るしかなかった。できないことを、やるしかない。

 でも、実際、どうやって紅を探すのか。嗅覚を頼って懸命に匂いを嗅いでみるものの、紅の匂いはわからない。狼の気配も、感じない。ただ何の当てもなく、無暗に、無謀に、山の中で歩みを進めていく。が、とうとう日が暮れて、私は山の中の、程よい木に身を寄せて休むことにした。

 一日中山の中を探し回ったけど、手掛かりは何もなかった。それはそうだ。やっぱりわかっていたことだった。

「狼、か」

 自分は狼ではないか。そういう風に自分のことを思っていたのに、結局私は、人間なんだ。少なくとも今は、人間だ。人間じゃ、紅は探せない。

「本当に、狼になれれば……」

 つい、独り言をぽつりと呟く。狼になれれば、紅を探せるかもしれない。それは、実は最初から思っていたことでもあった。でも、正直な話として私は紅と違って、自分が狼になったことを想像できていなかった。なってもいない姿を、想像することができなかった。

 でも、そうは言っても、狼にならなきゃ紅を見つけられない気がする。何とか、何としても狼にならなきゃ。そう思いながら空を見上げると、丁度満月が輝いていた(正しくは、この夜じゃなく紅がいなくなった日こそが満月で、私が見たのはすでにやや欠けた月だったことを知ったのはしばらく経ってからだった)。

 狼と言えば、満月。そんなイメージはあるし、人狼は満月の夜に変身するなんて言う話も聞いた事がある。だから、もしかしたら。私は一つ呼吸を置いて、目を閉じて、心を落ち着ける。

 自分は狼なんだ、この人間の姿が仮の姿で、本当の狼の姿があるんだ。そして、今こそ、その姿にならなきゃいけないんだ。そう言い聞かせながら頑張って自分の狼姿を想像する。自分の手が獣の前足へと変化するイメージを思い浮かべる。自分は狼だ、自分は狼だと言い聞かせながら。

 でももしそれで狼になれるのなら、今こんな苦労なんてしていない。どれだけイメージしても、どれだけ念じても、私の姿は人間のままだ。狼になんか、ならない。

 その理由は、本当はわかっていた。私が狼になれないのは、私が狼になることを本当は恐れていて、本当は狼のことを避けてきていたからだ。狼の自分なんて、想像できない。想像を、するのが怖い。私は、狼のことも、紅のことも、自分のことも、何もわからない。

「どう、すれば」

 どうすれば、狼になれる? いや、そうじゃない。どうすれば、紅を探せる? どうすれば、今は私はどうすればいい? 頭の中でいろいろ考えても、結局まとまらない。どうすればいいんだろう。どうすれば。あるいは、どうしただろう、紅なら。

 もし、狼になったのが私で、紅が私を探すとしたら。

 それはきっと、シンプルだ。紅は言っていた。私の声が好きだと。狼になっても、きっと鳴き声で分かると。

「私だって、紅の声、好きなんだけどな」

 紅は私たちが知り合う前から私の声が好きだったから、確かに紅の方が私の声をより好きでいてくれているのかもしれないけど、私も紅の普段の話し声とか、部活で見せる力強い声を聞くと、そばにいたいな、もっと聞いていたいなって思えるくらい好きだった。でもそれを含めて、紅のすべてが好きだから、私たちは仲良くなれたのだと思っていて。

 だけど、確かに声か。もし紅が、私を呼んでくれたら、すぐにわかるのに。紅の声ならたとえ狼になった声だって、聴き分けられる自身がある。そもそもこの山に本来は狼はいない。そこから狼の声が聞こえてきたら、それは間違いなく、紅の声だ。

 だから私は願った。もし紅が、狼になっても私といてくれるなら。私が紅を探して山に入っていることに気付いているのなら、遠吠えで私を呼んでほしい。必ず、見つけ出すから。

「遠吠えが、聞こえたら……」

 ぼそっと呟いた瞬間、一瞬何か空気がビリっと張り詰めたような感覚を覚えて、私が顔を上げた。多分、その瞬間が重なったのは、おそらくただの偶然だ。でもきっと、私たちは、同じことを考えて、同じことを望んで、同じことを願った。だからこそ起きた、偶然であり、必然であり、奇跡だったのかもしれない。

「ワウォーーーン……!」

 遠くから聞こえてきたのは、力強く、それでいて優しく、寂し気な、狼の遠吠えだった。

「紅、紅!」

 私は、惑うことなく彼女の名を叫んだ。確信していた。今の遠吠えは、紅の声だと。私を呼んでいる紅の声だと。

「紅、いるの、ねぇ!」

 私は耳を、目を凝らして、辺りを見渡す。生き物らしき気配はない。遠吠えの聞こえ方からして、おそらくはここから距離は少しあるところに、声の主は、紅はいる様子だ。

 紅は多分、私が山に入っていること自体は気付いているのか、あるいは察しているのかもしれない。あの声は、私の名を呼ぶ遠吠えだった。それが人間である私にわかるはずはないけど、それでも、私にはわかった。

 だけど紅も、私の正確な場所がわからないのかもしれない。その後も狼の遠吠えは、二度、三度と聞こえてきた。

「紅、私は……」

 狼は多分、返事を待っているんだ。自分の遠吠えに呼応する、遠吠えを待っているんだ。私の、狼となった私の遠吠えを。

「わかってる、そうだよね、紅……」

 私は、やっぱり怖かったのかもしれない。自分が狼だとわかってしまったこと。自分が本当に狼になってしまうこと。でもそれは、お伽噺のことだと、現実ではありえないことだという理解との狭間で、葛藤している自分を作り出して、自分が狼になるのを、抑え込んでいただけだった。紅と出会って、すぐに狼であることを打ち明けなかったのも、怖かっただけだ。

 でも、今はもっと怖いことがある。紅が私の前からいなくなること。紅のいない日常を過ごしていくこと。その恐怖に、きっと私は耐えられない。

 紅は狼になって、私の前から姿を消した。そして、私を、私が狼になるのを、待っていてくれている。それに私が応えることができず、狼になれなければ、きっと紅は、二度と私の前には現れず、狼として一匹で生きていくことになるだろう。

 私は、そうなればきっと後悔する。狼になった紅のことを思い返しながら、狼になれなかった自分を嘆きながら、ずっと人間として生き続ける。

 そんなのは嫌だ。

 人として紅のいない生涯を送るのか、狼として紅とともに生きるのか、そのどちらを受け入れるのか。そんなもの、選択肢は決まっていた。

「私は……私は、狼なんだ……!」

 紅が呼んでくれている、紅が待ってくれている。今の私に、狼にならないでいる理由の方が、むしろ存在しなかった。

 私は、逸る気持ちを抑えて、深呼吸をしてから目を閉じて、ゆっくりとイメージをする。狼となった自分を。その四本の足で地を駆け、その鼻で嗅ぎ、その耳で聞き、その鳴き声を響かせる、私自身の姿を。

 ……大丈夫。イメージは、できた。

 私は目を開き、自分の手を見つめる。物を持つのに適した、器用な五本の指。だけど、これでは四本の足で素早く駆け回ることはできない。

 私はその場に膝をつき、右手の平を地面へと向けた。そして人差し指から小指までの四本の指を地面につける。それが今の自分にとって、自然で、違和感のない行いだったこと自体に違和感を覚えながら、私はもう一度だけ深呼吸をする。

 そして指先に意識を集中させて、私はぐっと力を込めて、その指で体を支えるように大地に指を押し付けた。

「っ……!」

 瞬間、私の指は、手は、腕は、瞬く間に変化に包まれていった。

 比喩ではなく、私の指に、手の甲に、上腕に、包み込む、というよりは引き締めるように純白の毛がぶわっと生じていく。私はそれを、目を細めながらもしっかりと見つめていた。視覚だけじゃなく、聴覚でも変化を感じ取ることはできた。幽かだけど、骨と肉が擦れる様な音が、腕から聞こえた、気がした。

「ぅぁっ……!」

 その瞬間の感情は、恐怖に近かった。私はとっさに声を上げて、右手……だったそれに、今までとは違う力を入れてしまい、地面から離してしまった。この間は、わずか数秒の出来事だった。私はその数秒の間に、すっかり変わり果てた自分の右手右腕だったものを見る。

 毛で覆われただけではもちろんない。手も腕も、少しばかり小さく、細くなっている。四本の指はすっかり短くなり、物を持てる長さではなくなっていた。手の平と指の平は黒く変色し、肉球へと変化していた。指の先からは、鋭く黒い爪が伸びている。私の右腕の肘から先は、完全に変化していた。

 これは獣の前足だ。地を駆け、獲物を捕らえるための、狼の前足だ。

 自分の、人間の体の、右腕だけが、狼の右足へと変化している。

 それを見た時の感情が恐怖でなかったなら、それは一体何だろう。

「はは……っ!」

 自然とこぼれたのは、笑い声だった。人間は、本当に恐怖した時思わず笑ってしまう、なんて話も聞いたことがある。この笑いは、それなのか。

 いや違う。少なくとも、今この瞬間の私の笑いは恐怖での笑いではなかった。本当に、心の底から、私は今笑った。

 恐怖は、もう一瞬で過ぎ去っていった。だって、恐怖する必要は、本来ない。

 だって、私は、狼なんだから。

 この前足こそ、自分の本当のものなんだから。

 今、私が感じている感情は、喜びだ。なれるんだ、なれたんだ、私も、狼に。

 私は小さく頷くと、もう一度、右の前足を地面につける。もう、恐怖はない。止める理由はない。決心なら、ついている。私は狼。狼として、紅にもう一度会う。だから、もう恐れない。迷わない。

 もう一度、紅に会うために、私は狼になる。

 そうして再び力を込めた私の腕を、純白の毛が覆っていく。その変化は肩を伝って背に、腹に、腰に、脚に、左手に、そして首から上に。私の体が、人の私が、狼に染まる。

 幽かな音を立てながら、私の骨と肉が、作り変わっていく。体型が変わっていく中で、着ていた衣服は私の体には合わなくなり、ズボンはずり落ちてしまうが、それを気にする必要もない。それにズボンを履いていたら、新たに生えた尻尾の邪魔になるだけだ。変化の最中に目で見えているわけではないけど、確かにそこに尻尾がある感覚は存在している。違和感があると言えばあるし、ないと言えばない。それまでなかったものだから不思議な感覚だけど、私は狼なんだから、尻尾は生えていて当然だ。

 靴も、サイズに合わなくなってすでに脱いでしまっていたし、靴下も、変化に耐えるために足……というより後足で堪えているうちに、ずれて脱げていってしまっていた。その後足も、前足と同様にすっかり獣のそれへと変化をしていた。

 服は、脱ぐのが難しかったけど、前足と地面をうまく使って首が襟から抜けると、あとは徐々にずれていき、脱ぐことが出来た。

「はぁ、はぁ……う、うぅ……がァ……グウォウ……!」

 外見だけじゃない、私の内側も、獣へと変わりつつあった。喉が、肺が、舌が、作り変わったのだろう。骨格も変わっていく中で、私は自分の声が、獣の唸り声へと変わっていくのを、自分の耳で聞いていた。変化していく中で、直接目で見ることが出来る変化は少ないけど、音で、匂いで、肌の感覚で。ほぼ五感のすべてで、私は自分の変化を感じ取っていた。

 顔ももう、私の知る私の顔ではなくなりつつあった。顔が、特に鼻先が、まるで何かに引っ張られるように、前へと突き出していくのが分かった。今、誰かが私の顔を見ても、きっと私だってわかってくれる人はほとんどいないくらいまで、変化をしているだろう。

 時々歯を食いしばったりすると、歯もより尖った牙へと変化しているのを感じた。耳も、自分の意志で動かせるのがわかる。そして、ピンと自分の頭の上で立っているのも、感覚で理解した。

「ワウォーーーン……!」

 遠くから、狼の声が聞こえる。さっきと同じ声だ。でも、その聞こえ方は、だいぶ違って聞こえた。多分、狼の鳴き声そのものは変わってはいない。変わったのは、私だ。今の私には、狼の声の主が誰なのか、その鳴き声がどんな意味を持つのか、はっきりと理解をしていた。

 勿論、変化前もわかってはいた。ただそれは、「その狼が紅であることに間違いがない」という前提のもと、人間の私がたどり着いたただの確信に過ぎない。今のそれは、全く違う。

 その声が紅の声であること。そして、私の名を呼んでいること。それがはっきりと理解できるのだ。

 それは、そうだ。だって私は、狼なのだから。

 すっと伸びた鼻筋。鋭い牙。ピンと立った耳。鋭い爪。私の周りに私の服が散らばっている以外に、私の、藍沢 蒼の面影は存在しない。今の私は、誰が見たって狼だ。

 一匹の、白い狼だ。

 そして、狼の私を、狼の紅が呼んでいる。応えなきゃ。狼の方法で。私の声で、応えなきゃ。

「ウウォーーーン……!」

 天を仰ぎながら上げた私の遠吠えは、山々に反響し、しばらくして染入るように静かになっていった。私の声は、紅に届いただろうか。一瞬よぎった不安をかき消すように、また遠くから、遠吠えが聞こえてきた。

 そして、今の私なら、その鳴き声の主がどこにいるのか、はっきり理解できた。距離も、方向も、はっきりと。

 私は、脱ぎ散らかした自分の服もほったらかして、声の主のもとへ走り出した。慣れない四つ足をぎこちなく動かしながら、私は必死で走った。時々、聞こえてくる遠吠えに呼応しながら、距離を詰めていく。そして相手もまた、こちらへと近づいてくるのが分かった。心臓が、高鳴った。

 そして、山の中。月の光が差し込む、程よくひらけた山間の小さな原で。

 私たちは、二匹の狼は、巡り合った。

 私の目の前に現れたのは、夜の闇に溶け入りそうな漆黒の毛皮を纏った、紅い目の、美しい狼だった。

 その狼が誰なのか、疑いようはなかった。それでも、ほんの少しだけ不安はあった。私は今、どんな表情をしているんだろうかと。私は、狼になった自分の顔を見ていない。自分は、今、どんな表情で向かい合っているんだろう。それはもしかしたら、「何を話そうか、そもそも言葉が通じるのか」という不安げな表情を浮かべている、目の前の黒い狼と同じだろうか。

 不安の中で、それでもその一歩を歩み寄る勇気に、絞り出すほどの苦労は必要なかった。

『私だって、紅の声好きなんだから、紅の声ぐらい、すぐわかるから』

『……でも、狼としては、私がちょっとだけ先輩だからね』

『紅の、力強くて、優しい声を、私が聞き間違えるはずないから』

『蒼の、澄んでいて、優しくて、綺麗な声を、私が聞き間違えるはずないから』

 私たちは、逸る気持ちを自ら焦らすように、ゆっくりとお互い歩み寄っていく。

『遠吠えが聞こえたら、それは間違いなく紅の声だってわかっていたから』

『遠吠えが聞こえたら、私は間違いなく蒼を見つけ出せるってわかっていたから』

『遠吠えが聞こえたら』

『私たちはきっと』

『『もう一度出会える』』

 私たちは、二匹の狼は、互いの鼻を近づける。今ここにいるのが、あの待ち焦がれた自分の大切な友人であることを実感しながら。

『待っていたよ、蒼』

『待たせてごめん、紅』

『……私の方が、蒼の声のいいところを多く言ったから私の勝ちね』

『いや、優しいが被ってるじゃん……ハハッ』

 ひっそりと静まりかえった山の中で、私たち二匹の狼だけが、私たち二匹だけの言葉で、お互いのことを確かめ合っていた。まるで私たち二匹だけしかこの世界にいないような、その寂しさと、愛おしさに私たちは浸りながら、この山で、この街で、この世界で、私たち二匹だけの時間を、ゆっくりと、しっかりと感じ取っていった。


 自分は人間ではなく実は狼だった。

 かつて抱いていた漠然とした理解に対して、いざ実際にその答えを、自分が狼であるという事実を突きつけられて、受け入れてみると、やっぱり人間だった期間が長かったせいか、自分の体への違和感というのはどうしても感じてしまう。

『なんかこうしてさ、蒼の匂いを探して歩いているのも、ちょっと変な感じだよね』

『うん、まぁ、自分の匂いを探されてるっていうの自体がちょっと』

『恥ずかしい?』

『そりゃあ、まぁ』

 月明かり以外の光が一切ない夜の山の中、木の陰では足元さえ見えづらい中で、私と紅、二匹の狼は、再会の感動もそこそこに、探し物をしていた。

 というか、紅会いたさに無我夢中で狼に変身して、そのまま走り出してしまったということは、この森の中に私が脱ぎ散らかした服が残っているわけで、それをそのままにしておくわけにもいかず、紅と一緒に探し始めた次第なわけでで。夢中すぎて、どう走ってきたのか、元居た場所がどの辺で、紅と再会したのがどこなのかさえ、いまいちよく分かっていなくて。紅の鼻を頼りに森の中を探しているわけで。

『ねぇ蒼、こっち来て』

『え? あったの? 私が変身したの、まだ全然ここらへんじゃない気がするけど』

『蒼の匂い、もう一回嗅がせてよ』

『……』

『なんでそんな顔するの。蒼の服を探す手掛かりなんだから』

 まだ匂いを嗅ぎ分けるとかさえ不慣れな私に比べて、紅はこの二日間で、すっかり狼の身体に慣れている様子だった。足取りは軽いし、匂いを嗅ぐのにも抵抗を感じていなかった。

 私はまだ、自分の手……じゃない、前足で地面を直接触れ四つ足で歩くこと、服を着ずに外にいること、全身が毛で覆われていること、尻尾が生えていること、突き出した鼻、尖った耳、牙、自分の身体も自分の状況も、何もかもが違和感だらけだった。

『紅は、もうすっかり狼に慣れた感じだね』

『慣れた、というよりは、狼になった自分をずっと想像していたからね。こうなった時に、何ができるのか。どうすることが出来るのか。街で生きていく人間は街の一部なんだから、森で生きていくなら、私も森の一部だと想像して、理解すれば、自然と身体も慣れてくる感じかな』

『……紅のたとえは、相変わらず難しいね』

『ねぇ、話逸らしてない? 匂い、嗅がせてって』

 人間が街の一部とか、私は考えたこともなかったし、そう思うと、漫然と今まで生きていたのかなとさえ思えてくる。でも、そうかもしれない。漫然と生きていたって、生きていけたのが今までの生き方。でも、これからは、狼として生きていくならそうじゃない。自分の意志と、自分の思考と、自分の力で生きていく必要がある。その準備が、私に出来ているだろうか。

 ……それよりもまずは、放置された自分の服を回収する方が喫緊の課題だし、そのためには、応じるしかない。

『ちょっとだけ、だからね』

『うん、ちょっとだけ、ね』

 私が紅のそばへと歩み寄ると、紅は身体を寄せて、私の首筋に自分の顎を乗せるようにして、私の背からゆっくりと、匂いを嗅いでいく。

 毛で覆われた体では、肌と肌が直接触れ合うことはないけれど、だからこそ、今互いの毛と毛を挟んでいるこの状況は、狼である私たちにとっては、直接触れ合っているっていうことに他ならないわけで。

『……蒼の狼の匂いなんてさ、ほぼ毎日学校で嗅いでいたのにさ』

『え?』

『狼の匂い。毎日学校で会って、きっとこの子も狼なんだって思ってた時はさ、こう、ドキドキする感じだったんだけどさ。こうして、本当に狼になって、いざ嗅いでみると、もうお互い狼だから、狼なんだって高揚感とか意外と無くてさ。……でも』

『でも?』

『蒼の匂いが、そばにあるってだけで、なにかこう落ち着くなって』

 紅のその言葉は、多分飾らない本音なんだろうと思った。そしてそれが、紅の心細さであることも、感じ取っていた。

 紅は、覚悟を最初からしていた。狼として生きていくことを決めて、生きてきた。でも実際、私も、それ以外の友達も、家族もいない、森の中で一匹で過ごした二日間は、紅に心細さを感じさせるには十分だったのかもしれない。

 私の服を探すために私の匂いを嗅ぐなんて言うのは、半分は本当だけど、半分は私の存在を感じたいがための口実に過ぎないことは、お見通しだった。わからないはずがない。

 紅の匂いが、そう言っているのだから。

 ……自分もまた、慣れない慣れないなどと言いながらも、狼の身体に急速に慣れていくのを感じている。紅の強さも、弱さも、感情も、匂いで大体わかってしまう。紅という狼のことを、知りすぎてしまいそうになるのが、少し怖かった。

 私が紅のことをわかっているのなら、紅も私のことが分かっているってことだから。

『紅、もうそれくらいで十分じゃない?』

『ん? んー、ん。 分かった、あと五秒』

『ごよさにちぜろはい五秒でーす』

『小学生かっ。うん、でも、大丈夫。蒼の服、場所掴めそう』

 紅は私から離れ、やや顔を上に向けながら、風を読みながら、匂いを探していく。そして何か手掛かりになりそうな匂いを見つけた後、今度は地面を嗅いで私のたどってきた道を探す。その様子は、立派な狼の仕草そのものだった。

『こっちだ』

 紅に言われるまま、私は彼女について行く。ああ、なんか思い出してみれば、最近ずっとこうだな。紅が先を行って、私がついて行く。紅の横を、ともに歩んでいくような想像をしていたけど、今の私には、それはできていない。すぐに、できるようになるのだろうか。

 私は、紅と二匹で、生きていけるのだろうか。

 抱いた不安を押し殺して、私は紅を追って走った。そしてようやく、自分が変身した場所へとたどり着く。幸い、他の動物や人間が、私の衣服を持ち去った形跡も、そもそも近づいた様子もなかった。

『夜中だったのが、幸いしたね』

 さすがに、自分のあれやこれを、知らない動物や、まして知らない人に持ち去られたことを考えると、ぞっとする。いや、こんな時間にこんな山の中に立ち入る人間なんて、普通はいないけど。

 いや、私は普通じゃないだけで。

 というか、人間じゃないだけで。

 さて、人間じゃないということは、当然物は手で掴めないわけで。

『……ねぇ紅、これをさ、どこかに隠すのに持っていくとしてさ』

『うん』

『手では、掴めないわけじゃないですか』

『そうだね、前足だからね』

『だとした場合、どのような手段で持ち運ぶことになるわけでしょうか?』

『咥える』

『口で?』

『咥える』

 ……ですよねー。としか言いようがなかった。そりゃそうだ。狼なのだから、前足で物は持てない。だとしたら、口で咥えるしかない。自分がさっきまで着ていた服を、この口で。

 それにしたって、シャツ、ズボン、靴、その全部を私一匹で咥えることなんてできない。だとすれば、それはつまり。

『紅さんにも、手伝ってもらわざるを得ない感じでしょうかね?』

『私はばっちこーいだよ』

 私がばっちこーいじゃないんだよ。覚悟の決まり方が違うんだよ。狼として生きていくとかそういう覚悟とは別の覚悟なんだよ。何なの? なんでよりにもよって自分の衣服を、相手に、咥えてもらうとか、そんなの、それ、何?

『恥ずかしがってもさ、仕方ないじゃん。このままここに放置するわけにはいかない。私が見つけたねぐらまでは、咥えてでも持っていくしかないよ』

『でも、ズボンは』

『ズボンは重いし大きいし、うまく背負うとかするしかないね。他は咥えてく。それしかない』

 紅はそう言って、私が制止する隙も無く、ズボンを咥えて器用に羽織るようにして自分の背中に乗せた後、私の靴を咥えた。そして首を食いっと動かして、私にも咥えることを催促する。

 恥ずかしがっていても仕方がないのはその通りだ。私も背に腹は代えられず、自分のシャツを咥えた。

 そして紅に連れられて、私たちはゆっくりと歩きだした。さすがに、慣れない身体で、慣れないことをしたまま、慣れない森を走るのは私にはできなかったので、そこも紅は気を使ってくれたんだと思う。

 そして、この間歩きながら互いに無言なことに気づき、私はふと「あれ、さっきまであまりに当たり前に喋ってたけど、なんで普通に通じてたんだろう?」という疑問に気付いた。

 今の私たちは狼だ。肺も、喉も、舌も違う。人間と同じように喋れる構造にはなっていない。勿論、テレビなんかでたまに見る「喋っているように見える犬」みたいに、多分人間経験のある私たちが、しっかり練習すれば、ある程度人間が喋ってるっぽく吠えることはできなくはない気がする。

 でも、さっきまで私たちが喋っていたのは、人の言葉じゃない。多分、わからないけど、お互いの吠える声と、表情、仕草、匂いで、自然と相手の言っていることが通じていたのだと思う。狼同士というより、私たちだからできることなのかもしれない。

 だからきっと、私たちの口から実際に出ていたのは、はたから見たら人間っぽく喋っている風の、狼の鳴き声だったのだと思う。

 そう思うと、それはちょっと滑稽で、でも、誇らしかった。多分、生まれながらの人間にも、生まれながらの狼にも使えない、私たちだけが使える言葉。

 私たちだけがいる森で、私たちだけが使える言葉で通じ合う。まるでそれは、私たちだけの国のようでもあって、それはどこかロマンチックだなと感じもした。

 自分の服咥えて歩きながら何考えてるんだって話だけども。

『着いたよ』

 紅が咥えていた私の靴をその場におろして私に声をかけてきた。たどり着いたのは、大木の根元だった。うっそうと木々が生い茂るこの森の中でも、比較的大きな木であることは確かだったけど、とはいえ樹齢何千といった感じでもない、やや大きめの大木だった。

『ここに住むの?』

『いや、しばらくの間だけね。本当は巣穴を掘ってとか考えてるけど、ここはまだ人里に近すぎるし。漫画みたいにさ、なかなか早々、都合よく洞窟なんてありはしないもんだね』

 紅は私の靴をもう一度咥えると、木の根っこのそばへと置いた。ズボンも、身体を震わせてその横へと落としたので、私も咥えていた服をそのそばへと置く。この前足じゃ、畳めないのがつらい。

 その時私は、何となく息を吸い込んで、耳をそばだてて、目を凝らして、辺りの様子をうかがってみる。狼としてできることを、一通りやってみる。そして感じたことを、気になったことを、紅に問いかけてみる。

『紅は、私をここに連れてきたのは、これから一緒に暮らすため?』

『うん、まぁ、とりあえず今日はね。これからどうしていくか、どうしたいか。それは、蒼の意志だし。私の一存でどうにかできるものじゃない』

『私は、紅のそばにいたいだけだよ。それは、ただそれだけ』

 ただそばにいたい、その想いで私はここにいる。紅のそばにいられるなら、私は何にだってなれるし、なんだってする。そういう気持ちは、確かにあった。

 ただ、今ふと冷静になって、一息ついて自分の前足を見れば、森を歩き回った結果すでに土埃に汚れ、細かな砂利が毛の間に挟まっていることに気づく。これから狼として生きていくということは、こういったことを受け入れていくということとイコールなんだ。その覚悟をせずにここにいる私は、果たして狼として、まっとうに生きていけるだろうか。

 紅だって、私より先に狼になったとはいえ、それ以前から狼になる覚悟ができているとはいえ、実際に狼になってから、大した時間は経っていない。そんな私たち二匹だけで生きていけるほど、自然とは、野生とは、簡単なものだろうか。それを紅が、考えなしに挑んだりするだろうか。

『蒼、聞きたいことがあるなら、聞いていいんだよ。私は、大概のことなら答えられるし、答えたくないなら答えたくないってちゃんと言うよ』

『ううん、さっきので今は十分。今は、それ以上聞くべきじゃないと思う。聞けること、ないと思うから』

『蒼は、蒼だって、立派な狼だよ。私たちは、もう、狼なんだよ』

 わかっている。今こうして、四本の足で立っているだけで、そのことは実感する。そう、狼なのだから、狼の生き方、狼の生活がある。

『今日はさ、もう遅いからさ。明日、いろいろ今後のこととか話しながらさ。森を案内するよ』

『うん』

 紅は、木のそばの地面にそのまま伏せると、前足でぽんぽんと軽く地面を叩き、私を呼んだ。私は紅のそばまで寄っていき、彼女に少し体を預けるような形で、私たちは身を寄せ合った。こうしてみて初めて気づくのは、紅の方がほんの少しだけ、狼としての身体が大きいことだ。まぁ、大差はないんだけれども。

『こうして、誰かがそばにいるってだけで。ほっとするね』

『その誰かが、私以外の誰かでも?』

『意地の悪い聞き方をするねぇ。そりゃあ、獣になって、一匹になって過ごしてみれば、誰であったってそばにいてほしいとは思いはするよ。でも、前に言った通りだよ。実際にそばにいてくれるのが蒼だっていうのは、それはきっと運命だったんだって思ってるよ』

 紅ははにかむように笑った。狼の顔でも、表情がよくわかる。狼同士なのだから、多分そういうことも感じ取りやすいんだろう。だとすれば、今私はどんな表情でいるだろうか。紅は、どんな風に私の顔を見ているんだろうか。

『紅は、もし私が来なかったら、どうしてたつもりなの?』

『うーん、あまり考えてなかったな。多分来ると思ってたから』

『一匹でも、生きていかなきゃいけなかった可能性はあったよ?』

『それは寂しいな、そう考えると、蒼が来てくれて本当に良かったなとは思うね』

 そう言って黒い狼は、目を細める。身を寄せ合っているから、彼女の方を振り返れば、私の鼻先と彼女の鼻先がすぐにぶつかってしまいそうで、ただそれは、恥ずかしさよりも、心地よさの方が勝っていた。紅と一緒にいられるなら、こうして寄り添っていられるなら、狼として生きていくことに苦なんてないのかもしれない。

 そうして、私たち二匹の狼は、会えなかった時間を埋めるように、森の中で寄り添いながら、静かな夜を、そばに大切な存在がいる中で過ごす夜を、堪能するのだった。


 翌朝。目が覚めた時に私は一瞬戸惑った。自分の身体が狼になっているのだ。

 なっているのだって、そりゃあそうだ昨日狼になったのだから、目が覚めても私は狼のままに決まっている。ただ、生まれてから昨日までずっと人間をやっていたわけで、まだまだ自分の感覚は人間のままだと言うことを痛感した。

 この前足も、この鼻も、この尻尾も。すべて私自身のものなのだから、受け入れて、慣れていかなきゃいけない。この姿で、一生を過ごすのであれば。

 私はすっと立ち上がると、腰を上げて伸びをする。動物がするそのものの仕草を、いざ自分もしてみると、ああ、今誰かが私のことを見ても、だれも人間だっただなんて信じないんだろうなと思えてくる。

 ふと横を見ると、寝る前にはいたはずの紅がいなくなっていたものの、私は慌てはしなかった。匂いで紅が、すぐそばにいることも、音で紅がこちらに戻ってきているのがすぐ分かったからだ。

『あ、蒼おはよう。よく眠れた?』

 果たして、紅は戻ってきた。咥えていたものを足もとにおいて、にっこりと私に微笑みかけてくれた。

 昨日は夜中だったため、紅の黒い身体は見えづらくて、それでもその美しさを感じたけど、日の光を受けてはっきりと輪郭がわかる今見ると、改めて美しい狼だなと思った。私もそうだけどまだ変身して日が経っていないから、そこまで毛が汚れていないこともあるんだろうとは思う。

『うん、紅がそばにいてくれるなと思ったら、自然とね』

『よかった。朝ごはん、採ってきたんだけど、どうする?』

『肉……の匂いは、しないね?』

『いずれは、ウサギとか、ネズミとか、狩りを覚えなきゃいけないけど、さすがの私もね。とりあえず、小さいけど魚を何とか』

 いくら狼になった自分を想像していても、想像した通り身体を使えるわけじゃないのは、人間の時だって同じだ。そもそも、魚を捕れること自体すでにだいぶすごいはずだけど。

『これは、何の魚?』

『正直全然見分けつかなくて。オショロコマか、何らかのイワナかアユか、うん。何らかの魚』

『まぁ、何らかの魚なのは、私もそうかなとは思うよ』

『腹の足しにはあまりならないけど、しばらくはこれで凌ぐしかないね。秋になれば、オンコが実るはずだし。そこくらいまでには、狩りもしっかり覚えておきたいね』

 行き当たりばったりなところもありつつ、でも魚の名前や植物の存在、それらをすでにちゃんと調べてあることを考えると、紅がある程度の計画性をもって狼となったことが、なんとなく読み取れた。紅の部屋の本棚を思い出せば、そういえば街の歴史の本とか、そういったものもあったなと思いだす。多分、この街近郊のことをリサーチしていたんだ。周到に、紅は狼になったのだ。

 私に、相談さえせずに。

『こういう時、焼き魚に出来ないのがつらいところだね』

『これさ、どうやって食べるの?』

『……私もまだうまく食べれなくてさ。でも、身はおいしいよ。うん』

 私たちは、前足と牙、舌を何とか駆使しながら、何らかの魚を食べていった。骨をよけるための、箸も皿もない。とはいえ、この鋭い牙と、強靭なあごで、人間の時よりかは、骨のわずらわしさは少なかったけど、それでもやはり、人間の文明の利器ってやっぱり便利なんだなということを痛感した。だけど、これからはこうして少しずつ、狼の身体に慣れていくしかない。

『こうして、蒼が魚を食べているところを見るとさ』

『ん?』

『いや、自分以外の狼が、食事をしているところを見るのも当然、初めてでさ。あぁ、私もこうやって食べてるように見えるんだなって思うし、そうだとしたら、たとえいくら食べ方がぎこちなくても、やっぱり狼は狼にしか見えないんだなって。それを改めて感じてた』

『……私も、狼に見える?』

『そりゃあ、勿論』

 紅は不思議そうな顔で私の方を見つめてくる。

『だってまだ、私、自分の姿をはっきりと見たわけじゃないから、まだなんか、こう、自分が狼だっていうのが……実感がないわけはないんだけど。自分の姿を思い浮かべても、思い浮かぶ自分の顔は、人間の自分なんだよね』

『あぁ、そりゃあそう、だね。じゃあさ。その魚採った川へ、行ってみる?』

『川?』

『近くに流れてる川。まぁ、流れの速い小川なんだけどさ。穏やかというか、溜まっているところもあって、そこなら丁度鏡みたいに反射するから、自分の姿も見れるし』

 紅の提案に、私は頷いた。白い毛で覆われた自分の前足が、尻尾が、どれだけ視界に入っても、やっぱり自分の姿を想像することは難しかった。だから、やっぱり鏡で今の自分の姿を見てみたい気持ちは、かなり強くなっていた。

 そうして食事を終えた後、紅に連れられて山の中を歩き始めた。街からこの山のことはずっと見てきたし、山頂までロープウェーで登ったこともあった。この山のことは、ある程度知ったような、慣れ親しんだ感覚でいたけれども、こうしていざ、人の手が及んでいない自然そのままの森を歩いてみると、その景色は私の想像の中にはない光景ばかりだった。

 そもそも、少し歩みを進める度に、倒木に行く手を阻まれる。飛び越えたり潜ったりしながら、進むけど、そもそもこんなに木が倒れていること自体、私には意外だった。

『丁度何年か前にさ、大きい台風があったじゃん? って、小学生の頃の話だから、あまりよく覚えていないけどさ。あの時に、結構な数の木が倒れたらしいんだよね。人里近い所は、安全確保のために取り除いたりしたらしいけど、ここら一帯はそもそも保護区画で、調査以外の目的で人が立ち入ることはないから、倒木もそのままらしいんだよね』

 まるで自身も誰かから聞いたようなことを、紅は私に語ってくれた。私はこの時初めて、自分がこれから生きる自然の世界の、現実を垣間見た気がした。普段私たちが目にしている自然なんて、所詮は人間の手に負える範囲の自然なんだ。でもこれから、私が生きるのは、人間の庇護の及ばない世界。誰も道を均してくれず、木を除けてくれず、そんな森を自分の家のように慣れていく必要があるんだ。

 それはなかなか、険しい道のりだな。

『ほら、小川の音聞こえてきたでしょ』

 そうしている間に、紅の言う通り清涼の音が耳に飛び込んできた。それからほどなくして、眼前には話に聞いていた小川が姿を現す。

『そうだなー。あ、このあたりだと、丁度鏡っぽい。うん、見える見える』

 紅が前足で手招きをするので、私も紅のそばへと歩み寄る。そして、目をつむり、一つ鼻から息を吸い込んで、目線を下におろし、ゆっくりと目を開きなおす。

 穏やかな、かすかに揺れる水面。そこに映るのは、純白の、蒼い目を持った狼が、こちらを覗き込む姿だった。

 見て、その刹那に感じたのは、自分の中の、自分に対するイメージが、崩れていく音だった。

 それは、自分でもよくわからなかった。ずっと自分は狼だと思って生きてきて、そして実際に狼になれて、今水面にはその自分が映っているのに。

 自分の、記憶の中の、人間としての自分の顔が、今この瞬間に塗りつぶされて、思い出そうとしても、先に出てくるのは目の前に映る狼の顔で。そうすると、なんだかまるで、今まで自分が生きてきた、人間としての自分が全て消えてしまいそうな、否定されてしまいそうな、その感覚が襲ってきて。

 人間としての十四年なんて、最初からなかったような気さえしてきて。

『蒼……泣いてるの?』

『え?』

 ふと前足で、目元に触れる。毛が濡れているのは、確かだった。

『あれ、本当だ。……あれ? なんでかな、いや別に哀しいとか、つらいとか、そういうの、ほんと別に感じてないと思うんだけどな、あれ……何だろう、ほんと、わかんなくて、何だろう、でも、……あれ、どうしよう、ごめんどうしよう、もしかすると、私、私は……』

 私は、怖いんだ。

 昨日狼に変身し始めた時に、最初に感じたのは恐怖だった。でも、自分が本当に狼になれるんだ、紅に会えるんだという高揚感で、すぐにその恐怖はかき消されて。そしてそのあと紅と再会して、ずっと自分にとって幸せな時間が続いていて、だからこそ、あの瞬間の恐怖に、私は目を背けていた。

 でも、今何となく自分の姿を改めてみて、いま目に映っているこの狼こそが、純白の獣こそが自分なのだと認識したことで、私は、閉じ込めていた恐怖の扉を、自らの手で開け放ってしまったことに気づいた。

 そう、ただ、怖かったんだ、私は。狼になってしまう事なんて、怖いに決まっている。

 例えば、自分が子供の頃の姿や、出来事なんて、だいぶ記憶が薄らいでいる。それと同じように、狼になったばかりの今こそ、私は人間だった頃の自分を忘れたりはしていないけど、この森で狼として暮らせば、狩りをして、食べて、寝て、それを繰り返していけば、私はおそらく、狼に順応していく。人間だった頃の自分の姿の記憶はやがておぼろげになり、この純白の狼を何の違和感もなく自分だと受入れ、この喉は人の言葉を忘れ、この前足は箸もペンも忘れ、そうしてやがて、紅の言う森の一部になっていくことを、私は無意識のうちに恐れ、慄き、竦み、拒んだ。

『紅、どうしよう、私』

『落ち着いて蒼。落ち着いて』

 紅の優しい声が、私を宥める。ただその優しさが、私の中を罪悪感を肥大させていく。

 紅に会いたくて狼になることを選んだ。しかし、自分が押し殺していた恐怖に気づいてしまった瞬間、その事実がまるで紅への責任転嫁のように自分で思えるようになってしまって。結局私は、自分で決断なんかできていないんじゃないか、そんな私が野生で生きていくことなんて無理なんじゃないのか、一度感じてしまった恐怖は、また別の恐怖へと連鎖して、私の心を締め付けた。

『ごめん紅、私、紅がいれば、紅と一緒なら、何も怖くないって思ってたのに、なのに、けど』

『違うよ蒼、蒼が謝る必要なんてない。私が、焦りすぎたんだ。全部、私の準備も、配慮も、足りなかっただけだから。蒼、自分を責めなくていいんだ。いいんだよ、蒼』

 紅は、前足で私の身体を引き寄せるようにして、私の顔に自分の顔を引き寄せると、互いのひたい、互いの鼻をぴたりと重ねて、言葉を続けた。

『蒼が、罪悪感を感じる必要は無いんだ。ずっと、蒼のことを置いてけぼりにしている感じは、気づいていた。でも、私は走り続けないと、狼になる道を走り続けないと、私が私じゃなくなってしまうような気がして、ずっと怖かった。蒼なら付いてきてくれるって、甘えてたんだ。でも、当然、それぞれ怖いものは違うんだよね。うん、そのことに気づけなかった時点で、謝らなきゃいけないのは、私なんだよ。私が、本当に、ごめん』

 紅は、笑うように謝った。ふざけているわけでも、軽んじているわけでもない。多分、紅が絞り出せたのが、その笑顔だったんだと思う。そういう紅も、目元は濡れていた。互いの目から零れ落ちる雫は、私たち互いの頬を伝っていき、重ねた互いの鼻先で交わって、水滴として落ちていった。それが、なんだか妙に嬉しくて、可笑しくて、悲しくて。私たちは噴き出すように笑ってしまった。

 私は、狼になるのが怖かった。

 紅は、狼になれないのが怖かった。

 お互いに自分のことを狼だと思っていて、相手のことも狼だと気づいて、そばにいたいと思って、願って、行動して。私たちは自分のため、互いのために、同じ未来を望んでいたのは確かなのに。

 私は、狼になるのがやっぱり怖かった。それを克服できない以上、狼として生きていくことはできない。

 でも、狼となった紅は、もう狼として生きていくことしか考えられていない。

 私たちの道は、涙のようには交わっていないことを、私たちは理解してしまった。

 私たちの、別れを理解してしまった。

 言葉でも、匂いでもなく、互いの止まらない涙が、私たちの心を、生き方を、すべてを表していた。


 それからしばらくずっとそうしていたけど、やがてさすがに時間が経つとともに落ち着き始めた私たちは、どちらからともなく川の水を飲んで、無言のまま森の中でまったりして、紅の提案で、見晴らしのいい丘へと登り、街の景色を見下ろせるところで、またまったりしていた。

『結局、蒼も私も、まだ互いのことも、自分のことさえ、わかってなかったって言うのがさ、私たちの若さみたいなさ、そういうことなのかもしれないね』

『何急に怖。なんでまとめにはいったの』

『いやなんか、そういう雰囲気かなって』

『……私は、私も、狼として生きていきたいって気持ちは、嘘じゃないよ』

『わかってるよ、疑ってない。それはもう、疑ってないよ』

『紅は、言っていた通りだよ。私が狼になるのを怖がっているって。言ってたよ』

『それは分かってたけど。でも、いざ狼になれば、怖さなんて吹き飛ぶってさ。安易に考えてた。』

 街を見下ろしながら、身体を寄せ合いながら、私たちは互いの言葉を紡いでいく。

『昨日の夜、自分以外の遠吠えが聞こえた時、本当言うと、心の底から安心したんだ。あぁ、本当に蒼が狼だったんだ。来てくれたんだって。狼だって最初から分かっていたって、来てくれるって信じていても、でも、やっぱりうれしかった。月の光に照らされた、純白の狼を見たときは、舞い上がりそうだった』

『黒くて、綺麗な狼と出会えた私も、めっちゃテンション上がったよ?』

『狼の蒼の声も綺麗で惚れ直したよ』

『紅の瞳も綺麗でひとめぼれし直したよ』

『昨日からのこの褒めあいなんなん?』

『なんか、そういう流れだし』

 他愛のない会話。私たちの、普段通りの会話。狼なったって、ならなくなって、私たちは、変わらない。私たちの関係は、きっと変わらない。多分、それをお互い確かめたかったんだと思う。

『紅、私はもう少し人間をやるよ。あの街の一部として、もう少し暮らす』

『私は、これから先ずっと、狼として生きていく。この森の一部として、生きていく』

『……狼も、群れで暮らす生き物でしょ?』

『蒼は、しばらくはそばにいてくれないだろ?』

『勿体ぶらなくても、私だって気づいているよ。紅のねぐらに、私たち以外の狼の匂いがあったことぐらい』

 紅のねぐらに案内された時、匂いを嗅いで、周囲の気配を窺って、それは真っ先に気づいていた。匂いもそうだし、足跡もあることに気づいていた。

『まぁ、蒼だって狼だからね、さすがに気付くよね』

『あれは、私たちみたいな狼が他にいるってこと?』

『らしいね。直接会ったのは、私も狼になって初めてだったけど。私たちみたいに、人として生まれ、狼になるってことは、珍しいことではあるけど、何年かに一人くらいはあるらしいね。私は偶然、小学生の頃に狼の遠吠えを聞いて、あぁ自分たち以外にも狼がいるんだなって気づいて、そこからずっとこの日まで、狼として生きていく準備を続けてきたんだ』

 紅の部屋にあった沢山の本は、そうした準備のたまものだったわけだ。紅は、私が思うよりもずっと周到に、狼として確実に生きていく道を、模索していたんだ。ちゃんと仲間がいることを把握したうえで、狼が群れで生活していることを考えたうえで、行動していたんだ。

『私以外にも狼がいるなら、紅が寂しい思いをすることはないわけだよね』

『あぁ、昨日意地悪なこと聞いたよね。妬いてたの?』

『なくはない』

『なくはないんかい』

『普通に、紅が他の誰かと、私の知らない狼とすでに会っているのなら、それは、ちょっと前提が変わってくるなって思ったのは事実。でも、紅は孤独じゃないんだって同時にほっとしたし、そのほっとした感じが多分、私自身の恐怖を抑えられなかった遠因』

『私が、一匹で生きていくわけじゃないって分かれば、自分が無理して狼としてそばにいる必要がないって?』

 多分、その感情は持っていたかもしれない。今思えば、紅の言う通り、他の狼の存在に気づいた瞬間から、私の狼でいたいという気持ちに綻びが出始めていた気がする。

『私が狼になって、紅のそばにいてあげないと、紅は一匹で生きていかなきゃいけないっていうのなら、私はそばにいてあげなきゃって気持ちは、無くはなかったと思う。でも、私が狼になってここに来たのは、何より紅にもう一度会いたかったから。ともに生きたかったから。後悔は、したくなかった』

 感情は、昂る。だけど、すでに一度落ち着いて、頭もすっきりしていたからか、涙は、意外ともう出てこなかった。整理がついているからかもしれない。

『でも、自分が狼になれるって分かって。紅も狼だって分かって、紅には自分以外にもともに生きる狼の仲間がいるって分かった今。理想だけで生きる必要も、現実だけで生きる必要も、私にはなくなった』

『人間に、戻るんだろ?』

『うん。今は、まだ狼として生きていくには、私の心も、身体も、準備ができていなかった。人間の自分が、狼の自分にかき消されていくのが、私は怖い。だから、今は私は、紅と別れてでも、人間に戻る。そして、人間としての最後の時間を、もう一度生きてくる』

 この別れは、紅との別れじゃない。私が、人間としての私と別れるための、別れだ。

『それさ、狼に戻れるかな?』

『不安はある。未練が増えるだけかもしれない。でも、紅のいない人生を生きる方が、シンプルに辛いから、私は紅を求めて必ず紅のもとへ戻ってくるよ。うん、それは約束する。私は狼。それは受け入れてる。でも、完全に狼になってしまう怖さを超えるために、紅のしていた準備を、私もするだけ』

『うん。そうだね、私はその時間が十分にあったから、もう割り切れてるだけなのかもしれない。私は、待つよ。蒼がまた狼になって、一緒に暮らせることを』

 黒い狼の紅い瞳は、じっと前を見据えていた。私の蒼い瞳には、彼女と同じ景色が映っているだろうか。いや、同じ景色を見るために、今は私たちは別の道を行くだけだ。

『今夜、仲間が私を迎え入れるために、遠吠えで呼ぶ。それが聞こえたら、私はここを離れる』

『うん』

『狼の群れは、人に見つからないように、なるべく形跡の残らないように、山を転々としている。今は、私たちを迎え入れるためにこの山に来てる。でも、すぐにここを離れることになると思う』

『じゃあ、紅が遠吠えしても聞こえないね?』

『聞こえるさ。理屈じゃない。私たちは、お互いがどこにいたって』

『そうだね、そうかもしれない』

 私は、すっと立ち上がる。風が、森の香りを運んでくる。森の声を運んでくる。それを忘れず、感じ取れれば、私はいつだって、紅のことを見つけ出せる。それは、きっと、確かなことだった。だから、私は私の、歩みを進めなきゃいけない。

『私、ねぐらに戻るね』

『私は、もう少しここにいる』

『うん。分かった。……紅』

『ん?』

『私は、紅が好き。私が、紅が、狼だからじゃなく、紅だから、好きなんだ』

『……へへ、ありがと』

 紅の笑顔を目に焼き付けて、私は振り返り、紅に背を向けてねぐらへと戻っていく。ねぐらへ戻る理由は勿論、自分の服を取りに行くためだ。

 狼になれた私には、人間に戻ることも、難しくはなかった。ねぐらについた私は、自分の服一式があることを確認して、呼吸を落ち着けた。

 そして、人間の自分をイメージする。昨日までの自分、慣れ親しんだ自分の姿を想像し、そして全身に力を込める。

 にわかに変化を始めたのは、自分の前足だった。短かった指はすらっと伸びていき、覆っていた純白の毛は潜んでいき、見慣れた皮膚が姿を現していく。

 順番は違うけど、まるで逆再生でもしているかのように、私の身体は狼から人間へと変化していく。尻尾は徐々に短くなって体の中へと吸い込まれていき、体躯も四つ足よりは二足に適したものへ作り変わっていく。

「グルゥ……ウ、うあぅっ……!」

 私を染め上げていた狼が剥がれ落ちるかのように、私の皮膚があらわになっていく。鼻先も、牙も、耳の先も短くなっていき、私の身体は、私へと戻っていく。人間の私へと、戻っていく。

「はぁっ、はぁつ……」

 骨も、肉も、その全てが作り変わり、私は完全人間の姿に戻っていた。鼻から吸った空気からも、さっきまでと比べれば嗅ぎ分けられる匂いが少なくなった感じがした。

 私は、狼ではなくなってしまったのだ。

 私は、ゆっくりと二本の足で立つと、すぐにしゃがんで、自分の服を拾い上げ、それを着ていく。何千と繰り返してきた服を着るという行為が、なんだかすごく新鮮で、それと同時に、寂しさも感じていた。ただ人間の姿になっただけでなく、服を着ていく過程も含めて、自分が人間に戻っていくのを感じていたからかもしれない。

 そして、靴まで履き終えたところで、獣の足音が聞こえたので振り返ると、黒く美しい狼が、私の目の前に現れた。よれよれの服を着た私の姿は、狼の目にどう映っただろうか。

「アウォォォーン……」

 お互い無言のまま向き合っていると、不意にどこからか、獣の遠吠えが聞こえてきた。紅でも、当然私でもない。私たち以外の狼の、遠吠えだ。

「ワウォーーーン……!」

 私の目の前にいる黒い狼は、それに応えるように遠吠えをあげる。力強く、優しく、どこか寂し気なその遠吠えを聞いて、あぁ、私はやっぱりこの狼のことが、紅のことが好きなんだと改めて感じていた。

 狼は私に向かって一鳴きすると、森の奥へと駆け出して行った。私はその場にとどまり、しばらくの間獣の駆けるその音に耳を傾けていたが、やがて聞こえなくなり、森に静寂が戻ると、私は振り返り、森の中を歩き始めた。

 暗く、静まり返った森の中。でも、一度狼になった私には、自分の進むべき道ははっきり見えていた。いずれまた、あの黒い狼の遠吠えが聞こえたら、戻ってくるであろうこの道のことをしっかりと記憶に焼き付けながら、私は街へと向かって獣道を下っていった。

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遠吠えが聞こえたら

中学二年生の少女、蒼(あお)は、「自分は人間ではなく狼ではないか」という漠然とした感覚を抱いていた。そしてそれと同時に、クラスメイトの紅(べに)のことも、自分と同じ狼ではないかと感じていた。

打ち解けて親友となった二人だったが、突然の紅の失踪をきっかけに、蒼は自らの「狼」と向き合うことになる。

 

本書は2020年8月2日と2020年8月16日にpixivにて公開された『遠吠えが聞こえたら 前編』と『遠吠えが聞こえたら 後編』を再編し再録したものとなります。

この小説を書いた人

宮尾武利

ATRIダイレクター。獣化作家。

「獣化がまだ好きではない人に獣化を好きになってもらうため、獣化を好きな人にもっと獣化を好きになってもらうため」をモットーに、獣化について様々なアプローチを試みている。

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